サムエル記講解

55.サムエル記下24:1-25『ダビデの人口調査』

サムエル記の最後の章は、下21章と内容的に似ているだけでなく、明らかに相互に関連があります。1節の「主の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった。」という言い方は、それと類似の主の怒りに値する事件との関連を意識してのものです。21章ではサウル王がギブオンにした罪に対する災いが問題となっていますが、ここではダビデが行った人口調査が罪とされ、その災いが問題になっています。この二つの物語は王の罪との関連でもたらされた災いということで共通しています。それは、いずれも災いで物語が終わるのではなく、祝福で終わっています。これらの物語は災いを語ることを目的としているのでなく、災いの後もたらされる祝福に焦点が合わされています。

「主の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった。」といわれますが、その理由は定かでありません。この箇所は、ダビデが人口調査をしたことが罪であるということが言われているようですが、民数記1章には、出エジプトを果たしたイスラエルの人口を調べるようモーセは主によって命じられていますから、人口調査をすること自体に罪があるということはできません。ここでは、「イスラエルとユダの人口を数えよ」とダビデを誘われたのは主です。この業への主の誘い自体が主の怒りの審判を行うための手段として用いられています。人口調査に伴う災いの出来事は、神の怒りの結果としての神罰として意味付けられているのであります。この神の誘いが神罰の一部で、そのように誘った神自身がダビデを罰するというのであれば、神の義について一つの疑問が生じます。このため歴代誌上21章1節では、ダビデを誘ったのは神ではなく、「サタン」であると変更して、この矛盾を解消しています。歴代誌はこのように神の義の問題について神学的な観点から神の免責を行っていますが、サムエル記の不可解なこの神の誘いという書き方のほうが事態を真実に伝えているように思えます。

いずれにせよサムエル記の記者は、このとき行ったダビデの人口調査は非難されるべき罪として語ろうとしています。ダビデは直属の軍の司令官ヨアブに命じて、「ダンからベエル・シェバに及ぶイスラエルの全部族の間を巡って民の数を調べ」させています。しかし、この王の命令を受けたヨアブは、「王はなぜ、このようなことを望まれるのですか」といって王の行おうとする人口調査に疑問を表明しています。しかし、厳しく命じる王にヨアブは従い、ヨルダン川東岸にあるアロエルとガドの間にある町から始めて、円を描くように北はダンから南はベエル・シェバに至る広い範囲を9ヶ月と20日の歳月をかけて調査をしています。ヨアブがこのとき調べた数は、「剣を取りうる戦士はイスラエルに八十万、ユダに五十万であった。」と言われています。それ以外の人を合わせると少なくとも3倍以上はいたと思えます。通常王が人口調査を行う場合、税を取るためか徴兵のためです。この場合、徴兵のためのものであったと考えられます。

しかし、なぜこれほど過酷な断罪を受けねばならないのか、理由は依然として述べられていませんが、あえてその理由を探すなら、おおよそ次のような理由が考えられます。これまでイスラエルは王国を持つまでは戦いのとき、神や指導者の呼びかけに応じて自発的に兵が集まる義勇軍によって構成されていました。その戦いを勝利に導くのは神の霊であるという信仰をもって戦って来ました。しかし、この人口調査が徴兵のためのものであるとするなら、ダビデがその兵を人工的に組織し編成して行くことを意図したものであり、神の恩恵なくして人間の計算、人間の制度、組織論的方策によって戦いを勝利に導こうとするものであったということになります。そうであるなら、その行為自体が神への挑戦となります。その意味でダビデは神の領分を犯す罪を犯していたといえます。やはりこの点でダビデの行為は罪あるものであり、イスラエルの王制による誘惑が明らかにされているということになります。

サムエル記は神の摂理に対する信仰の問題を主題として書かれています。神の恩恵に委ねて王も民も神の祝福の内を歩むことができます。しかし、その恩恵の道を人間の計算で可能となるなら、信仰は要らなくなり、神なくしてこの王も民も歩めることになります。サムエル記の記者はこの視座から、ダビデの人口調査を自明のこととして批判しています。

しかし、この調査を追えたダビデは、良心の呵責を覚え、その罪を自覚するにいたります。そこにまだ彼の信仰に健全な部分が残っていたことが明らかにされています。ダビデは罪を告白し、その赦免を主に祈りますが、主はダビデの罪を処罰するため、預言者ガドを通じ、下そうとする災いを三つ示し、その中から一つを選ぶよう命じています。この三つの災いは、それが及ぶ期間がその種類に応じて3年、3ヶ月、3日と短くなっていますが、内容は反比例して、短くなればなるほど、厳しいものになっています。ですから災いが及ぶ期間が短いからといって、その災いが他のものよりも軽い罰であるということができません。

「七年間の飢饉があなたの国を襲うことか、あなたが三か月間敵に追われて逃げることか、三日間あなたの国に疫病が起こることか。よく考えて、わたしを遣わされた方にどうお答えすべきか、決めてください。」とガドから告知を受けたダビデは、「大変な苦しみだ。主の御手にかかって倒れよう。主の慈悲は大きい。人間の手にはかかりたくない。」と答えて、人為的な側面の強い第二の災いを嫌い、第一の災いが下るか第三の災いが下るかを主に委ねてしまいます。その理由を、ダビデは、「主の慈悲は大きい」といって、主の憐れみに期待し委ねています。

主がくだされた災いは、ダビデが期待する最も主の直接的介入の性格が強い疫病が選ばれました。「主は、その朝から定められた日数の間、イスラエルに疫病をもたらされた。」といわれますが、「御使いはその手をエルサレムに伸ばして、これを滅ぼそうとしたが、主はこの災いを思い返され、民を滅ぼそうとする御使いに言われた。『もう十分だ。その手を下ろせ。』」といって、指定の期間が完了する前にその災いが止めさせられたように見えます。しかしダビデは、御使いが民を打つのを見て、「罪を犯したのはわたしです。わたしが悪かったのです。この羊の群れが何をしたのでしょうか。どうか御手がわたしとわたしの父の家に下りますように。」と祈ったと言われています。災いがエルサレムに及ばず、この災いの期間が短くされたのは、ダビデの祈りの結果のような書き方がなされていますが、期間短縮の決定は、ダビデの祈りの前に書かれていますので、ダビデの祈りの効果であるということはできません。それは、あくまで主の決定であり、主の慈しみが疫病を終わらせ、エルサレムを救い、しかもその場所を同時に未来の主の聖所にする決定を下されます。いずれにせよ、「主の慈悲は大きい」といって御手に委ねたダビデの信仰に主は見事に答えておられることには変わりがありません。

「そこに主のための祭壇を築きなさい。」と命じられたエルサレムの場所は、「エブス人アラウナの麦打ち場」であり、彼の所有であったと言われています。この人物は、エルサレムの先住民に属していました。ダビデはここでは、人口調査の時とは打って変わって、まったく主の言葉に従っています。ダビデはエブス人アラウナに彼の所有する麦打ち場を譲ってもらいたいと申し出ています。アラウナはこのダビデの申し出に対し、無償でしかも犠牲とする家畜も無償で提供すると答えています。今日でもオリエント世界では、バザールの行われている場所で、売り手が「これはあなたへのプレゼントだよ。我々は友達だ」といってその会話に引き込み、うっかり喜んでそれを受け取ると、結局は高い買物にさせられたと言う話が日常茶飯事としてあるといわれます。しかし、ダビデはそうしたやり方をよくわきまえています。アブラハムがマクペラの洞窟を買った時のように、この贈与の申し出を断ります。聖所の場所は、たとえ異教徒の気前のよい行為が真実であったとしても、それに負うのではなく、正式に買い取らねばならないのです。ダビデその麦打ち場と牛を五十シェケルで買い取ったと言われていますが、歴代誌上21章25節では、その12倍になっています。しかも銀ではなく、より価値の高い金になっています。ダビデはこの場所を相当の値段以上の値で買い、そこに主のために祭壇を築き、犠牲を捧げて、主を礼拝しました。ここで疫病が止んだのは、ダビデの祈りと礼拝の結果のように記されていますが、その表現はぎこちない感じがし、これは後世の編集者による書き加えである可能性があると言う註解者もいます。

このダビデの人口調査の物語は、王ダビデの高慢と王制のもつ、「他のすべての国民と同じようになる」(上8章)問題を示す出来事であることを一方で明らかにしつつ、その調査結果が示しているように、ダビデの後継者として立つソロモンが神殿建設をする十分な人と、ふさわしい場所が用意されたということを物語り、ダビデの役割の完成を告げている点で大きな意味があります。その際にダビデがそれを意図したのでもなく、むしろその結果は、ダビデの罪から発し、主の憐れみと導きにより、もたらされたものであります。そのことを正しく理解することがこの王制の将来のあり方を考える上で重要です。そして、そのことは、わたしたち自身の信仰の問題を考える上でも重要です。

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