サムエル記講解

28.サムエル記上27章1-28章2節『アキシュのもとでのダビデ』

本章はペリシテ人の地に逃亡したダビデの物語が記されています。サウルの追跡を逃れつつダビデはその力を蓄えていましたが、ダビデはこのままサウルの追跡が続くなら、いつかはサウルによって自分とその家族も従者たちも滅ぼされるかも知れないという恐怖を抱いていました。そこでダビデはサウルの追跡を永久に逃れる奇策として、ペリシテ人の王アキシュの下に逃れることを選択しました。かつてダビデは、単身でアキシュの下に逃れようとしましたが、彼の部下にその身分を見破られて失敗しました(21章11節以下)。その時は狂人の真似をして何とかアキシュに捕らえられて、とがめだてされることを免れました。そういう過去の苦い経験があるのに、ダビデがこのような選択をしたのは、それほどダビデがサウルの追跡を止めさせたいと真剣に考えていたからでしょう。

この選択は一つ間違えば致命的な命取りになる可能性も秘めていました。アキシュが快く迎え入れば、その地で安全にすむことができますが、必ずしも安全に受け入れられるとも限りません。なぜならペリシテは、イスラエルとパレスチナの覇権を争っていた仇敵であったからです。それだけにダビデはそこに完全に逃れることに成功すれば、サウルは追跡を断念するに違いないと確信していました。このダビデの確信はあたっていました。ダビデがガトのペリシテ人アキシュの下に逃亡したという知らせを聞いたサウルは、ダビデの追跡をついに完全に断念し、二度と追跡はしませんでした(4節)。

この時のダビデの逃亡は、前回のように単身ではありません。ダビデの家族も六百人の兵とその家族も一緒でした。ダビデは二人の妻、イズレエルのアヒノアムとナバルの妻であったアビガイルも一緒に連れて行きました。その総勢は、いくら少なく見積もっても二千人は超え、三千人から五千人くらいはいたのではないかと言われています。

これだけ大勢の人間が敵対関係にあったペリシテ人の地に足を踏み入れることは、それ自体が一つの緊張を呼ぶ出来事となります。それは、第三者の目で見れば間違いなく集団による亡命でありました。ペリシテ人アキシュは、ダビデをイスラエルの新しい王となるべく、サウル王に対抗できる力を十分に蓄えた人物とみなしていましたので、そのダビデが亡命することは、イスラエルという国を掌中に治めることのできるチャンスであり、パレスチナの覇権を制するのに非常に有利となるという計算をしていたことでしょう。

この大所帯を率いてアキシュの下に到着したダビデがアキシュに述べた、「御厚意を得られるなら、地方の町の一つに場所をください。そこに住みます。僕が王国の首都で、あなたのもとに住むことはありません。」(5節)という言葉は、単なる身の安全を守ってくださいという謙遜なお願いではありません。そこにはアキシュの心理を見透かした長年培った武将、政治家としての知恵を働かせたしたたかな計算がありました。

ダビデは今後イスラエル人としてアキシュに敵対することなく、ペリシテ人の一員として恭順を誓うから、ペリシテの地での封土をくださいと求めているのです。このダビデの申し出に対し、アキシュは「ツィッケラグを与えた」と言われています。ツィケラグがどこのあったか学者たちの意見は分かれていますが、ベエル・シェベの北北西16キロにある現在のテル・エル・シャリアとする説が有力です。ダビデがこの地に住んだ期間が一年と四ヶ月と言われていますが、逃亡者の生活からやっと安住の場所を見出すことができた貴重な期間でもありました。

6節の「今日に至るまでツィケラグはユダの王に属することになった」という説明句は、王国分裂後のユダ王国の側から見た注釈でしょう。ツィケラグはダビデが後にエルサレムを自分の町とするまでの間、ダビデの町として重要な働きを果たし、その拠点がエルサレムに移ってから後も、ユダ王国の重要な場所を占めていたことを示しています。

ダビデはこのようにツィケラグを封土されて、封建領主として、主君アキシュに忠誠をもって仕えることになります。少なくとも表面上はそうでありました。ダビデはツィケラグを拠点に戦闘に出立し、多くの戦果を残すことになります。

8節から12節にかけて、この時期にダビデがペリシテ人アキシュのために行った軍功が記されていますが、ダビデがこの時実際に攻めた土地は、イスラエルの憎むべき宿敵であったり、将来のダビデの王国を築くための基礎づくりの役立つものばかりでした。

15章にはサウルに対してアマレクの聖絶命令が発せられていて、サウルがその命令に従わなかったことが、彼の王位が存続しない原因となったことが明らかにされています。ダビデはこのイスラエルの最も憎むべき宿敵を攻撃しています。だからといってこの時ダビデはその未完に終わった聖絶命令の義務を果たそうとしていたわけでありません。

ダビデは人間を皆殺しにしましたが、家畜や家財道具などを戦利品として持ち帰りましたので、この時のダビデの戦闘行為は聖絶を意味するものではありませんでした。ダビデはしたたかな計算で、将来の王国を築く基礎固めを着々としていたのです。ダビデの戦闘のやり方は残虐であるとともに、実際的でした。ダビデは攻めた地方の人間は男であれ女であれ区別せず皆殺しにしました。それは、反逆の機会を与えないためのものであるとともに、自分がアキシュに報告していることと実際が違うことを密告されないようにするためになされました。

しかし、サムエル記の記者は、サウル王に与えたような厳しい断罪をダビデに向って述べてはいません。この時、サウル王に与えたような聖絶の命令がダビデにも与えられていたわけではありません。だからいかにも利己的な行為に見えても、サウル王に対してなされたような断罪をダビデは受けなかったのです。ダビデは神の歴史支配に身を委ねつつ、人の努力の問題として、将来の王国の基礎づくりを余念なく果たしていたのです。しかし、神の歴史支配に委ねきるという点でこの行為が本当に妥当なものであったということは簡単にいえません。ダビデのこの時の行為は、攻撃を受けた子孫には憎しみを買うことになり、力が逆転した時に同じ攻撃を仕掛けられる理由を提供することになるからです。

ダビデはアキシュが「今日はどこを襲ったか」と尋ねると、「ユダのネゲブを、エラフメエル人のネゲブを、カイン人のネゲブを、と答えた。」(10節)といわれます。ネゲブという語は「南」を意味する語より派生したものです。もとの意味は「乾いた地」であったといわれています。ダビデはネゲブの適当な地名を上げてアキシュに答えましたが、これらの地域はペリシテ人に敵対していたユダに属する地域でありましたから、ダビデは「自分の民イスラエルにすっかり嫌われ」るようなことばかりを行っているという印象を、アキシュに与えることに成功しました。

しかし本来なら、ダビデは上げた軍功を証明すべく、占領した土地の住民を捕虜にガトに連行すべきでありました。けれども、ダビデはそういうことを一切しなかったのもかかわらず、アキシュの心に忠実な部下であるという印象を与えることに成功したのです。

しかし、こういう人間的知恵と策略がいつまでもうまく行くわけがありません。ダビデが本当にイスラエル人であることを捨て、ペリシテ人としてペリシテ人のために本当に文字通り忠誠を尽くす者であるかどうかを迫られる出来事が起こりました。

それは、ペリシテ人がイスラエルと戦うために軍を集結させることにより起こりました(28章1節)。ダビデはアキシュに身を寄せ、亡命者として、その封土をもらい、ペリシテ人のために戦う誓いをしたことが本当に真心から出たことか、ダビデは問われることになります。アキシュはダビデにだまされるお人好しのように見えますが、果たしてダビデはペリシテ人の為に戦う者となるか、その疑問をアキシュも抱いていたようです。だからアキシュは、ダビデが裏切ろうとすることができない様、ダビデに「あなたもあなたの兵もわたしと一緒に戦陣に加わることを、よく承知していてもらいたい」といい出しました。

この主君の要求にダビデは、実に曖昧な答え方をしています。彼がペリシテ人の側に完全に立つ者となっていたなら、「はい加わり、一緒に戦います」という答えをアキシュにすることができたことでしょう。

しかし、ダビデの答えは、「それによって、僕の働きがお分かりになるでしょう。」という実に抽象的で、曖昧な表現でなされました。ダビデがアキシュの僕として誠心誠意働くとも取れますし、何の働きもしないこともありうる内容の答えです。ダビデはペリシテ人の地で何を本当に求めて生きる者となったのか、逃れ場のない淵にまで追い詰めるような求めがアキシュによってなされます。「それなら、常にあなたをわたしの護衛の長としよう。」(28章2節)といって、アキシュは自分の一番身近なところにおいたのは、彼が本当にダビデを信用していたためであるということもいえますし、一番身近なところにおいて、ダビデが裏切ることができない様に監視するためであったとも考えられます。

その真意が何れにあるにせよ、ダビデはペリシテ人のために戦うのか、あるいはイスラエル人としてこの戦いに参加するのか、ダビデはぎりぎりの決断が迫られることになりました。

この結末は29章において明らかになりますが、今日のこの箇所においては、ペリシテ人のアキシュのもとで亡命したダビデが、イスラエルとの関係を断ち、人間の作為による身の安全と将来の備えという、一挙両得をしたように見えますが、この最後の記事は、その人間の知恵による賢い策略が、両方の敵から攻撃を受けるかも知れない実に危険で、微妙なダビデの弱い立場を明らかにしています。

ダビデはこのままペリシテ人の同調者となってしまうのか、あるいはイスラエルの民の指導者としてイスラエルのために戦う者となるのか、その運命を握り支配しているのは、この章にその名さえ記されない主なる神です。ここにあるのはダビデとアキシュという人間同士の駆け引きばかりが目に付きますが、そういう人間の思いや行動を超えて、人間の思惑や行動に翻弄されているかに見える主なる神が、実は人間の思惑や行動を巻き込みつつ、その歴史をご自身の救済史として導いておられるのです。ダビデの運命の糸はこの主によって握られていたことを、サムエル記の記者は、言葉において語らず、ダビデを襲った危機を記すことによって明らかにしています。

本章に見られるダビデの行動は、今日の倫理的評価からするなら疑問な行動が多く見られます。サムエル記はダビデがどれほど立派の人物であるかをこれによって証明しようとしているのではないのです。ダビデの世俗的でずるいところをむしろ白日のもとに明らかにしています。しかし、このダビデの王権が立って行き、サウルの王権が立ち行かないのは、ダビデがサウルよりも宗教的で行いが立派だったからではなく、究極的には、神の意思がダビデの王権を確かにすることにあったという理由以外にありません。そのことをサムエル記全体の流れの中で読み取って行くことが大切です。

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