哀歌講解

5.哀歌4章『シオンの救い』

この第4歌は、第3歌に比べて希望の言葉がほとんど述べられていません。わずか22節において娘シオンへの慰めの言葉が見出されるだけです。この点、この第3歌は、内容的には第1歌、第2歌と密接な関連があります。第1、第2の歌で取り上げられた、エルサレムの悲痛、ヤーウェの業としてのその悲痛のテーマが再び取り上げられています。それらの悲痛の原因が、人々の不従順、罪にあることを指摘しながら、この哀歌の詩人は、昔の栄華を離れ去ってしまったシオンの惨めな姿を語ります(1-10節)。それは、シオンに対するヤーウェの怒りの結果であると述べています(11-20節)。しかし、第1歌に見られるヤーウェの叱責がここには見られません。この第4歌はエルサレムの悲痛に対する嘆きの詩篇ですが、ヤーウェの叱責がないところに希望への光が見られます。その光はたとえわずかであっても、22節において娘シオンへの慰めの言葉が語られることによって、決定的転換をもたらす光として降り注いでいます。その希望の光を見逃さないことが大切です。

1-2節において、エルサレムの没落への転換が歌われています。587年の破局以前には、エルサレムの住民の生活はあたかも金に値するかのようによく保護されていました。

しかし、破局後のエルサレムの住民の生活は、まるで最も安価な土の器のように、ひびが入れば無造作に投げ捨てられるものと見なされています。黄金も純金も、通常は黒ずんだり変化することはありません。しかし、人間の理解を超えたそうした不可能事が、シオンに訪れたことに対する驚きが述べられています。「聖所の石」は、直訳すると「聖なる石」となります。神の審判が臨む時、聖なる石として重んじられていた石が街角に打ち捨てられることになり、反対に「家を建てる者が退けた石が隅の親石」とされます。神における価値の逆転が起こるのです。

この変化はまず子供たちの苦難において見られます。人間の無責任な罪の結果は、一番弱い子どもに及びます。ユダヤ人の母親は、子どもを3歳になるまで授乳させる習慣を持っていました。しかし、エルサレムを襲う苦難の時、汚れていると見なされた山犬ですら、乳を与えて養うのに、シオンの娘は子に乳を与えることを止めてしまうといわれます。それは、まるで荒れ野のダチョウのようであるといわれています(3節)。ヨブ記39章13-18節によれば、ダチョウは自分の産んだ卵を地面に置き去りにし、少しも気にかけないでいる様が描かれています。エルサレムの女たちは乳飲み子をそのように扱い、飢え渇きの希望なき状態に放置され、犠牲にされる乳飲み子の惨めな姿が、事態の深刻さを物語っています。エルサレムの人間は罪を犯し、野獣以下の振る舞いをしています。

「紫の衣」は富裕な人たちの服装でありました。しかし、その彼らも埃にまみれてみるべき姿がなくなってしまっています。その飢えの苦しみは、剣で刺し貫かれて死ぬほうがましであるといえるほど厳しく激しく襲い掛かります(5節)。

とうとう女は自分がおなかを痛めて産んだ子どもを煮炊きして食べて、その飢えをしのぐようになってしまう。その罪は、ソドムの罪よりも重い、といわれています(6節、2章20節)。そんな事があっていいはずがありません。しかし、現実に起こったのです。人間せっぱ詰まるとそこまでするかと思うことまでやってしまう。その罪深さ、罪の非情さを物語る例として、これは語られています。

しかし、11節は、それが主の憤りによってなされた審判であることが示されています。この哀歌の詩人は、一度徹底的にその罪が主の憤りによって裁かれるシオンの姿を描きます。ヤーウェ自らがエルサレムの背後にあって、滅亡させています。しかし、そこに希望を語る用意がなされています。その悲惨が主の審きとしてもたらされたものである限り、その審きに徹底的に服することは希望につながります。

ヤーウェは打ち砕かれた魂を引き上げる救い主であるからです。主の審きは、救いへの招きでもあるのです。審きに服して嘆きつづけるものに、22節において、「おとめシオンよ。悪事の赦される時がくる」という主の慰めが語られているからです。

12-16節において、預言者たち及び祭司たちの罪とその運命が語られています。本来、民の清さの見張り人として立てられた者たちが罪に汚れてしまっていたので、民は捨てられることになり、辱めを受けて異国に捕囚として連れ去られることになったのであります。

17-20節は、町と王国の終わりを、いわば目撃証人の目を持って、あらゆる希望の崩壊として描いています。17節は、エジプトの援軍に希望を抱いている者が如何に空しいかを語っています。それに引き換え、バビロンのネブカドネザルの手に握られている都エルサレムの運命は尽き、終わりの時が確実に近づいているのを、哀歌の詩人は見ています。19,20節は、列王記下25章4節以下に見られる王が親衛隊の一部と一緒にヨルダンの方に逃げた時の逃亡について語っています。ゼデキヤ王は、エリコの南方ヨルダンの渓谷において捕らえられ、目の前で自分の息子たちが殺され、その後で両眼がくり貫かれ、捕囚の地に連れて行かれます。国の将来を見通し、正しく民を指導すべき王も祭司も預言者もその力を発揮することなく、国は滅んで行きました。否、彼らは民を滅びへと導く働きしかしていなかったのです。

ゼデキヤ王の目がくり貫かれて盲目にされたように、役に立たない目は奪われ、富も奪われ貧しくされます。それは神の審きとして徹底的になされます。民はそこで徹底的に嘆くものとなります。滅びの中で自らの運命を嘆くしかない。しかし、主の前で自らの運命を嘆く者に主は希望を与えられるのです。その嘆きは、自らの罪に対する悔い改めの出発であるからです。その嘆きの中にある者に、「おとめシオンよ、悪事の赦される時がくる」との主の呼びかけがなされます。この哀歌の詩人の言葉は、彼と同時代の預言者第二イザヤの言葉を彷彿させる言葉です。イザヤ書の40章と61章に見られる言葉は、主の恵みによる事態の転換を告げています。

主がその罪を裁き、それによってもたらされた悲惨な生を嘆き、それに服している者に、主は新たな転換を約束されます。それが、「おとめシオンよ、悪事の赦される時が来る」という知らせです。主は、目の見えると思っていた者の目を奪われます。傲慢な富める者の富を奪います。しかし、盲目の者の目を開き、貧しい者を富ませることによって事態の転換を図られるのです。神はそのようにしてご自身の業を行い、救いをもたらし、栄光を表されるのです(ヨハネ9章)。究極において、その嘆きの生は、十字架を担い、贖われるイエス・キリストにおいて、喜びの生へと転換させられます。「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」(ヨハネ9:39)、「見えなかったのであれば、罪はなかったであろう。しかし、今、『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る。」(同41節)といわれた主の言葉を覚えることが大切です。

旧約聖書講解