申命記講解

24.申命記31章30節-32章52節『モーセの歌』

「モーセの歌」は、申命記と全く関係ないところで成立しています。しかし、その独自性や由来をこの歌そのものから確かめることはできません。この歌の概要は、以下の通りです。

1節-2節は、教えを開示する呼びかけの言葉
3節-7節は、歌の主題、ヤハウエのまったき道
8節-14節は、ヤハウエの救いの業
15節-18節は、イスラエルの離反
19節-25節は、裁き
26節-35節は、神の独白
36節-38節は、目前に迫った民に対するヤハウエによる支援の告知
39節-43節は、締め括りとなるヤハウエの言葉
44節は、賛歌による結び

教えを示す呼びかけの言葉(1,2節)は、知恵文学にみられるものです。それは詩編49:2以下、78:1―2、イザヤ28:23等に見られる表現が用いられています。「教え」(レーカハ)、「言葉」(イムラー)も、知恵の語り口に関わりがあると言われています。

3節で、詩人は、イスラエルに啓示されてきたヤハウエの名に言及しています。そして4節-6節において、岩である真なる神に対し、イスラエルは冒涜の罪を犯したことを告げています。7節は、主なるヤハウエについては歴史から知ることができることを明らかにしています。

8-14節、この歴史の始まりは、それまでイスラエルでは「選び」等の概念で言いかえられてきましたが、ここでは、全旧約聖書の中でも唯一の方法で叙述されています。あらゆる歴史の始まりにおいてヤハウエが、諸々の国民の境界を定めた時、主は神の子らの数に従って区分したと語られています。神は天の御使いにそれぞれ一つの民を管轄させ、御使いは守護天使のように民の世話をしなければならなかったように考えられています。しかし、一つの民だけがこの規範から外されました。それはヤコブ(イスラエル)であり、ヤハウエはイスラエルを選び、イスラエルをご自身の直轄の下に置いたと言われています(9節)。詩編82編にも、御使いたちによる世界統治のことが歌われており、列王記上22章19節においても天上の評議において神の子らが議決権を持っている様が描かれています。

8節-9節には、ヤハウエが世界の神とイスラエルとの間に、どのようにして区別し直接イスラエルを支配する関係に入ったかが説明されています。それは、主ご自身の御心によるもので、世界の分割に際してイスラエルをご自身の嗣業(割り当て)として要求したといわれています。それは、「全地を国々に分割されたとき、主はそれぞれの国に、為政者を置かれた。だが、イスラエルはご自身の割り当てとされた。」(シラ書17:17)という考えに基づきます。

ヤハウエがイスラエルを「見出した」という表現は、ホセア書9章10節、エレミヤ31章2-3節にも見られます。

15-18節は、ヤハウエに保護され贅沢に慣れてしまったヤハウエのパートナーであるイスラエルは、創造者であるヤハウエを忘れ、他の神々に心を寄せ、ヤハウエに妬みを起こさせたと歌われています。これは明らかにモーセの第一戒に反する罪であることが明らかにされています。この理解は、申命記史家のものであることを裏付けています。「エシュルン」(33:5,26参照)は「イスラエル」の尊称として用いられています。

19-25節は、神の怒りの爆発について叙述しています。「神ならぬもの」は、バビロニアを想起させますが、断定的には言えません。25節は、哀歌2:21を想起させる言葉が用いられています。

26-35節の段落は、32章全体の理解のために特に重要です。「わたしは言ったであろう」(26節)は、ヘブライ語の動詞「アーマルティ」で、「そこでわたしは考えた」という意味に解すべきであるとフォン・ラートは指摘しています。この段落は、神の心の中での長い熟慮というものを導入しています。8節から継続してきた歴史的出来事に関する叙述が途切れ、36節になって初めて、やがて到来する出来事に関する新しい叙述が始まられます。26節-35節の段落は、歴史的事象の持つ不安から我々を連れ出し、神の御心にある深みにある独白に与らせる媒介物である、とフォン・ラートは述べています。

イスラエルの完全な絶滅と、人類の記憶から、イスラエルを完全にぬぐい去ることは、ヤハウエの下で決定された事実でありました。しかし今や、ヤハウエは敵の側からの侮辱を、このイスラエルの絶滅が確実に彼らの力に帰されヤハウエの御手の力が見損なわれるのを、恐れる、というのです。しかし、彼らは歴史に何の洞察力も持たない(28-30節)「思慮に欠けた国民」でしかない。

イスラエルの敗北から、彼らは自分たちの固有の強さに結論付けるが、ヤハウエが彼らにそれを任せたことを、彼らは知りません。ご自身の選びの民が極めて重大な罪を犯したにもかかわらず、何故ヤハウエは投げ捨てなかったのか、という問いに対する応答が、ここで問題になっています。この熟慮はイスラエルのためにではなく、ヤハウエの名誉のためになされたことで、それが諸国民によって侮辱されることはあり得ません。

この熟慮については、エゼキエル20:21-22の「しかし、子供たちもわたしに背き、人がそれを行えば生きることができるわたしの掟に歩まず、わたしの裁きを守り行わず、わたしの安息日を汚した。それゆえ、わたしは荒れ野で彼らの上に憤りを注ぎ、怒りを浴びせる、と言った。しかし、わたしは手を引き戻し、わが名のために、わたしがイスラエルを連れ出したときに見ていた諸国民の前でわたしの名を汚すことがないようにした」という言葉と、エゼキエル36:22の「主なる神はこう言われる。イスラエルの家よ、わたしはお前たちのためではなく、お前たちが行った先の国々で汚したわが聖なる名のために行う。」という言葉をを参照することが重要です。

39節前半の証言は、イザヤ43:11の「わたし、わたしが主である。わたしのほかに救い主はない。」と平行例をなし、39節後半は、サムエル上2:6「主は命を絶ち、また命を与え/陰府に下し、また引き上げてくださる。」と平行例をなしています。

この歌は、神の決定の告知に応答する、賛歌を持って締めくくられています。

宗教的な内容に関して言えば、この詩を古い時代に設定することはできません。第二イザヤやエゼキエルとの近さや、あるいは時折場所を変えて申命記史家的な慣用句に移ることが、捕囚時代を想起させます。この時代において、イスラエルを退けたことについて、諸々の国に及ぼした可能性のある心理学的な影響についての最初の熟慮に出会う。この時代に、創造信仰と救済信仰が同じ神の行為として理解するところから生まれるのを見る(イザヤ43:1,44:2,24)。さらに、この詩の起源を知恵の領域のも求めなければなりません。

モーセの歌は、救済史の中につなぎとめることによって初めてその有効性を認めることができます。そう理解することによって、ヤハウエ信仰が歴史と結びついていることの特徴を理解することができます。ヤハウエの申し出が「決して空しい言葉ではなく」(47節)、イスラエルの生命(いのち)を意味するという文において、古代イスラエルの重要な認識が、かつては存在しなかった、意味深長な定式を見出しています。この文の背後には、ヤハウエの言葉が帯びる巨大な創造力についての預言者の経験が存在しています。ほぼ同時代である第二イザヤは、ヤハウエが、「わたしの口から出るわたしの言葉も、むなしくは、わたしのもとに戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げ、わたしが与えて使命を必ず果たす」(イザヤ55:11)、と証言しています。

死を迎えるためにネボ山に登れというモーセへの勧告を含む48-52節は、申命記伝承にも、申命記史家伝承にも属さない、祭司文書の伝承に帰属します。モーセの死について民数記27:12-14節には、「主はまたモーセに言われた。『このアバリム山に登り、わたしがイスラエルの人々に与えた土地を見渡しなさい。それを見た後、あなたもまた兄弟アロンと同じように、先祖の列に加えられるであろう。ツィンの荒れ野で共同体が争ったとき、あなたたちはわたしの命令に背き、あの水によって彼らの前にわたしの聖なることを示そうとしなかったからだ。』このことはツィンの荒れ野にあるカデシュのメリバの水のことを指している」と述べられ、51節は、そのコピーの様に記されています。この両方の物語の枠においては、約束の地を前にしたモーセの死は、モーセ自身の罪と結び付けられています(民数記20章1節以下参照)。しかし、申命記、あるいは申命記史家の伝承では、モーセはイスラエルの罪の故にその代表として死ななければならなかった、という独自な解釈で理解されています(4:21,1:37)。

このようにモーセの歌は、様々な伝承をモザイクのようにつなぎ合わせて創られたのは、モーセに語られた神ヤハウエの言葉を、イスラエルが経験したバビロン捕囚、神殿崩壊という危機的状況の中で、その神の言葉の取り次ぎ手であるモーセがいない中で、如何に聞くべきか、主の民の再建、永遠に存続する生命の問題をどのように考えるべきかを示す「道しるべ」は、モーセに啓示された神の言葉に聞く以外にないことを示すためであったと理解するように促しているのではないでしょうか。結局、神殿建設それ自体はヤハウエ自身が望まれたことではなく、イスラエルが、異教の地にあっても、神殿喪失の時代にあっても、ヤハウエの民としての再建に向かう道は、神の言葉の啓示の書として文書化された律法(聖書)を持つ「書物の民」として歩むことこそが重要であることを示すためではないでしょうか。

旧約聖書講解