エレミヤ書講解

52.エレミヤ書34章1-22節『警告と裏切り』

エレミヤ書34章には、独立した二つの出来事が報告されています。この二つは、紀元前587年にバビロンによってエルサレムが最終的に破壊されるに至るまでの期間に起こった出来事です。

エジプトの王ホフラは即位の際(前588年)に、パレスチナにおける権利を主張したので、ゼデキヤはエジプトの援助を期待して、ネブカドネツァルに属国としての忠誠の取り消しを告知したため、バビロンの王ネブカドネツァルとその軍隊は、シリアに現われました(列王下25:1以下、エルサレム52:1以下)。彼はオロンテス河畔にあるリブラに主力の宿営を設置し、おそらくそこから出発してまずフェニキアと戦ったと考えられます。ユダに対する軍事的企ては、親衛隊の長ネブザルアダンが指揮しました。1-7節は、バビロンがユダを侵略し、陥落していないのは、エルサレム以外でラキシュとアゼカだけという状況の中で、エレミヤがゼデキヤ王に告げた警告の言葉を記しています。

エレミヤはゼデキヤ王に対して、エルサレムの町が征服されることとゼデキヤが捕らえられて捕囚とされることは、主によって定められた避け得ない事柄として受け入れるべきことを告げました(2-3節)。そして、もし、ゼデキヤが、主の言葉に従いそれを信仰をもって受け入れ、バビロンに降伏するならば、「剣にかかって死ぬ」という最悪の事態は避けられ、平和のうちに死ぬことができ、歴代の王たちのように丁重にその亡骸は葬られるとの主の約束を与えています(4-5節)。

エレミヤは既に同じことを民に対して語っています(22章8節以下)。そして後にはゼデキヤの前で、再びそのことを語っています(38章17節以下)。エレミヤがこのように語るのは、ネブカドネツァルを主の「僕」として世界支配を託されていたからです。だから主の意志はその支配に服することを求めているので(27章6節)、神に服従しようとするならば、今は、バビロンの権力のもとに自ら屈服する以外にないことを、エレミヤは告げるのであります。

7節には、エルサレムと共に最後まで残った要塞都市ラキシュとアゼカのことに言及していますが、21個の陶器破片群の中に18通の書簡が存在することが考古学的な発見として確認されています。それらの書簡は、紀元前587年に起こった火事でラキシュの町が破壊された際に出た灰で満たされた部屋の中で発見されました。その第4書簡には、多分ラキシュとアゼカとの間にあった軍事的前線基地を託された一将校が記しラキシュにいた守備隊に送ったと思われるメッセージが残されています。そこには、もはやアゼカを見ることができない、と述べられています。それは、アゼカが既にバビロンによって陥落させられてしまっていたことを示唆するものと考えられています。

ゼデキヤは、エレミヤの告げる神の言葉に心底から耳を傾けて真剣に聞こうとしませんでしたが、その言葉をいつも気にして心を乱していました。ゼデキヤはおそらく、自分に向けられる神の怒りをなだめる方法を考えていたのでしょう。そこで、バビロンからの独立を勝ち得るために神の恵みと祝福が必要だと感じて、律法に従って「奴隷解放」を思いついたのでしょう。しかし、この神の律法に服従しようとするゼデキヤの願望が浅薄な思いつきであり見せ掛けにしか過ぎないことがすぐに明らかになります。ゼデキヤは、エルサレムのすべての民と契約を結んで、奴隷の解放を宣言しました。民はその布告に従いましたが、すぐに態度を変えてこれを撤回してしまったからです(8-11節)。

彼らの服従と撤回の理由がはっきりと知れされていませんので、推測するほかありませんが、それは、バビロン軍がエジプト軍と交戦するために一時エルサレムの包囲を解かねばならなかった事柄と関係があると考えられます。「ユダの王ゼデキヤと貴族たちを敵の手に、命を奪おうとする者の手に、すなわち一時撤退したバビロンの王の軍隊の手に渡す」という21節の言葉がその有力な根拠を示しているように思えます。

バビロン軍の一時撤退という状況の中で、エルサレムでは新たな楽観主義が芽生え、奴隷所有者たちは自分たちの決定を取り消し、一度自由を得ていた奴隷たちは無理やり奴隷状態に戻されてしまった、と考えられます。

エレミヤが奴隷の解放について進言や勧告を行ったことは十分考えられますが、12節以下の言葉には、申命記的歴史家による言葉遣いが多く認められますので、どこまでがエレミヤの言葉か見極めることは困難です。

申命記15章12-18節には奴隷解放について定められています。明らかに、エレミヤ書34章13-14節のエレミヤの言葉は、この申命記の言葉を前提にして語られています。しかし、実際には、イスラエルの歴史を通じて、この奴隷解放についての安息年の規定が守られなかったことが明らかにされています。

そして、ここで民が厳しく糾弾されているのは、その態度を単に変えたからではありません。「わたしの名で呼ばれる神殿において、わたしの前に契約を結んだ」(15節)、という契約を破棄したからです。御名によって、自ら結んだ厳粛な契約を、主の前で破棄したことが重大な罪として問われているのであります。

この重大な契約違反に対して、18節にその審判が告げられています。契約批准のこの儀式は、非常に古い起源を持っています。それは創世記15章においては、神とアブラハムの間で契約を結ぶ物語の中で述べられています。双方の契約当事者は、向かい合った引き裂かれた動物の間を通ります。もし、その契約をどちらかが破れば、その引き裂かれた動物のように、自分の上に降りかかる呪いを受けと、この儀式において明らかにされています。

ユダの民と王が、主の神殿の間で結んだ契約の条項は、奴隷解放に関する律法に限定されていなかった解とすべきでしょう。ここには、神に仕え、神の律法に従うという全般的な誓約の中の一つの問題だけがここでは言及されていると考えるべきでしょう。しかし、ユダの民も王も主に従わないものであるということを、この一件において明白にされています。

ゼデキヤは、主の言葉に従って、バビロンによる裁きを受け入れよという警告に従って行動しなかった結果、エルサレムの町は22節の予告通り廃墟とされました。ゼデキヤ王と戦士たちは、逃亡を企てましたが、捕らえられ、リブラにいるネブカドネツァルのもとに連れて行かれ、ゼデキヤの目の前で王子たちとユダの貴族たちが殺され、その後で彼の両眼はつぶされ、足枷をはめられて、バビロンに連行されました(39章4-7節)。

34章1-7節のゼデキヤ王への警告は、バビロン捕囚という出来事がたまたま起こったのでも、バビロンという単なる強国の出現によって起こった悲劇的事件でもなく、ゼデキヤにはそれを回避する機会が与えられていたにもかかわらず、それを真剣に回避しようとして、主の御言葉に耳を傾けなかった結果である証左として、ここに記されています。

それゆえ、このゼデキヤ王への警告は、捕囚の民には、主の言葉に聞き、主の律法に従って歩むように、悔い改めを求める勧告として新しく聞くために必要な失敗例として、教訓とすべき例として示されています。そして、現代の読者に対しても、神の言葉をどのように聞くべきか問いかけられています。

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