イザヤ書講解

72.イザヤ書65章1-16節『背信の者と従順な者』

イザヤ書65章は、紀元前587年の崩壊(ユダ王国の滅亡、エルサレム神殿の破壊、捕囚)とともにはじまった新しい状況による、預言者の審判告知の変化を示す範例である、といわれる箇所です。60-62章が第三イザヤの使信の中心としてその特徴を伝えるものであるとすれば、65章はその特徴を著しく変更しています。ここでは預言者の告知は、救いの告知と災いの告知とに分かれています。救いの告知は神に従う敬虔な者に向けて語られ、災いの告知は神に逆らう背信の者に向けて語られています。

災いの告知は、いずれも偶像礼拝と関連づけられてなされています。これら偶像礼拝を大目に見る者は同罪であるので、これらの偶像礼拝に対する告訴は、捕囚前においては民全体に対する審判告知となったはずです。しかしここではそれは民全体の負うべき連帯責任として問われることはありません。1-7節において、審判告知は、ただ神の背く者だけに向けられて語られています。8-16節においては、審判告知と並んで救済告知が現われます。この告知の二分化は、明らかに崩壊後の新しい状況を表わしています。

1-2節には、実に慰めに満ちた神の愛顧が語られています。神は背信者に対しても心を砕き、彼らが求めないときから救いの手を差し伸べてきた事実が明らかにされています。

わたしに尋ねようとしない者にも
わたしは、尋ね出される者となり
わたしを求めようとしない者にも
見いだされる者となった。
わたしの名を呼ばない民にも
わたしはここにいる、ここにいると言った。
反逆の民、思いのままに良くない道を歩く民に
絶えることなく手を差し伸べてきた。

神の法外な恵みの提供を、第二イザヤは捕囚からの解放前に語り、第三イザヤは捕囚からの解放後に改めて語りました。1-2節の言葉は、それを改めて確認する意味を持っています。

わたしたちの輝き、わたしたちの聖所
先祖があなたを賛美した所は、火に焼かれ
わたしたちの慕うものは廃虚となった。
それでもなお、主よ、あなたは御自分を抑え
黙して、わたしたちを苦しめられるのですか。(64章10-11節)

という嘆きは、捕囚後の苦難の時代に、神は見出されず、沈黙し、答えてくださらないということに対して向けられたものですが、捕囚から解放された後もその状況が少しも変わらないことに対して、再三再四、その嘆きは繰り返し叫ばれました。1-2節の神の先行する恵みの提供は、この嘆きに答える形でここに語られています。しかし近いところから「わたしはここにいる、ここにいる」と告げられますが、反逆の民は、自分の思いのみを追求している。その現実が3-5節において述べられています。つまりここでの先行する恵みの言葉は、現在の嘆きの原因を反逆の民、背信者にあることを明らかにしつつ、それでもなお神はその変わらない悲惨な嘆きの状況にあって神を敬い(とりわけ礼拝祭儀において)生きている者に与える祝福の理由づけとして用いられています。その意味では、本来向けられた無限の祝福の意味は、条件的制限的に狭められています。

3節の「この民は常にわたしを怒らせ」は、原文では「わたしの面前で」という言葉があります。「常にわたしの面前で」は礼拝用語です。つまりここでは、礼拝の場における罪が告発されています。7節の「彼らは山の上で香をたき、丘の上でわたしを嘲った」は、おそらく捕囚中もしくは捕囚後まもなく、二、三の場所で復興した高き所での供儀礼拝を指して言われているのでしょう。3節の「園でいけにえをささげ、屋根の上で香をたき」も同じことを言っています。異教的な偶像祭儀が持ち込まれる罪と並んで、豚肉を食べることをイスラエル人には祭儀律法で明確に禁じられており(レビ記11章7節)、汚れた供儀の肉を祭儀で用いることも同様に禁じられています。

1-7節の背信者に向けられた罪の指摘は、もっぱら祭儀的な違反に向けられ、65章は純粋に祭儀的な立場を前提にして語っています。第三イザヤの中心的メッセージが語られているといわれる60-62章には、礼拝儀式をこのように強調する言葉は見られません。むしろ、第二イザヤの告知にもっぱら関連づけ、その言葉を引用したり、それらを滲み出させる言葉が用いられていますが、ここでの言葉遣いは、申命記史家(申命記の神学に立ち、ヨシュア記、士師記、サムエル記、列王記を著したひとたち)を思わせるものがあります。第三イザヤはもっぱらその救いの告知を民全体に向けて語っているのに、ここでは二つの集団への分離が語られています。神に従う従順な者とは、ここではもっぱら祭儀的・礼拝的な意味で述べられ、またその離反としての不敬虔、祭儀違反としての不従順に対する神の報復が語られています。これらの相違は、明らかに第三イザヤと別の著者が語っていることを推定させるものであるとの指摘(ヴェスターマン)がなされています。

この告知の分離は、8節以下において、もっと顕著に見られます。8節においては、格言的に、良きぶどうの汁を残すぶどうの房を損なうな、「そこには祝福があるから」と述べられ、祝福の増大力は神に由来するものであるので、これを破壊する者は神を冒涜するものとして退けられています。神はご自身を冒涜するものを滅ぼされるが、決してすべてのものを滅ぼされるわけではないことが語られています。「わが僕ら」(8節)、「わたしが選んだ者ら」(9節)は、残りの者として語られています。彼らはまだいるし、いつまでも存続するのです。65章は明らかに捕囚後の初期の時代の信仰を反映しています。

9-10節前半の言葉は、必ずしも神から離れない敬虔な者に向けて語られた約束であるということはできません。むしろ捕囚に由来する約束の言葉が取り上げられています。これらの言葉は、いま外国で生活している人々の子孫に土地の回復が約束されています。それゆえこの約束は第二イザヤの約束と関連するものであるということができます。しかしこの章を書いた人物は、この約束を、「わたしを尋ね求めるわが民のものとなる」(10節)ということだけに関連するものとして、この言葉を結び付けています。

これによって第二イザヤの約束は、ますます礼拝儀式に対する敬虔の問題として11節以下において論じられることになります。11-12節では背信者が呼びかけられ、背信者には絶滅が告げられています。「わたしの聖なる山」とはシオンのことで、そこでの礼拝を放棄し侮辱する者のことが述べられ、11節の後半は「過福(ガド)の神」、「運命(メニ)の神」への偶像礼拝への告訴となっています。ガドはシリアの神で、メニはイスラム以前のアラビア人の三主神の一つであると考えられます。この告訴は3-5節の告訴と際立った違いが見られます。これらの審きの言葉は申命記史家の言葉との近さを示しています。この使信が第二イザヤから遠ざかり、申命記史家に近づくのは、その書かれた時代の背景、信仰的課題の違いを示すものです。

13-16節には、神に従う敬虔な「わたしの僕ら」と神に逆らう不敬虔な「お前たち」とに対する「祝福と呪い」が対比して語られています。この対比は、捕囚という現実をどう受け止めるか、捕囚後における重要な問題でありました。それはなぜ自分たちの国は滅ぶことになったのか、その原因を律法との関係で突き止めようとする信仰の自覚的な営為がそこに見られます。そこから律法主義へと向かう萌芽も見られますが、終末の時に向けての最後の審判を待ち望む信仰の萌芽も見られます。神は選ばれた残りの者を残すが、最後まで忠実に主に信頼を寄せるものへの報いとして語られています。それはマタイ福音書25章における主イエスの告知をほうふつさせるものがあります。大切なことは、祝福も呪いも神が与えるものであり、それは神の言葉、約束に対する従順という条件がつけられているという点です。先行する神の恵みの呼びかけ、救いへの熱心な導き、というものを顧慮する限り、信仰を功績としてその恵みが授与されるという功績主義の信仰から自由になれます。しかし、そこで神に従うということが律法を基準にして、それを守ったかどうかによって祝福と呪いが分れるというところに力点が置かれ出すとき、そこに律法主義が強く忍び寄ってくる危険があることも覚える必要があります。60-62章の本来の第三イザヤの使信と65章との同一性と相違性とは、その歴史のが絶えず両面の可能性を持って進展するものであることを物語っている点で非常に興味深いものがあります。しかし、65章の1-2節の恵み深い神の熱情を、喜び受け止める信仰をいつも持ちたく思います。

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