サムエル記講解

1.概要、サムエル記上1章1-20節「サムエルの誕生」

Ⅰ.旧約聖書におけるサムエル記の位置

サムエル記は上下二巻に分かれていますが、ヘブライ語のサムエル記はもともと一つでありました。紀元前3-2世紀に、いわゆる70人訳聖書と呼ばれるギリシャ語訳の聖書が出来ますが、70人訳聖書は、サムエル記と列王記を「王国の書」としてひとまとめにして扱い、サムエル記上下をそれぞれ王国Ⅰ,Ⅱとし、列王記上下を王国Ⅲ,Ⅳとしています。70人訳聖書の成立の背景には、次のような事情がありました。587年のユダ王国滅亡により、ユダヤ人の多くは捕囚となるか、難を逃れるためにエジプトやその他地中海周辺世界に離散して行きました。これらのユダヤ人のことをディアスポラ(離散のユダヤ人)と呼びますが、ディアスポラとなったユダヤ人は、数世代を経ると母国語であるヘブライ語を話せなくなりました。このため紀元前3世紀以後、特にエジプトにおいて、またその他地中海地域の各地に散在するギリシャ語を話すユダヤ人が用いる、旧約各書のギリシャ語への翻訳が行われました。これは紀元前333年から332年にわたるアレクサンドロス大王による征服の結果、東方にギリシャ語とギリシャ文化がもたらされることになり、当時かなり広い地域にわたって外交、交易のためにギリシャ語が共通語として用いられるようになっていたからです。

サムエル記は、ヘブライ語聖書での三つの区分「律法」、「預言者」、「諸書」のうち、「預言者」の中に含まれます。預言者は更に歴史的な記述が主体と前の預言者と、預言者自身言葉が主体となる後の預言者に分けられ、サムエル記は、前の預言者に属します。(別表参照)

Ⅱ.年代と本書の特色

サムエル記は、「士師」(裁きつかさ)と呼ばれる指導者たちがイスラエル諸部族を治めていた時代の末近くから、イスラエルに王国が誕生して、その基盤が整い始めるころまでを物語っています。およそ前11世紀半ばから前10世紀初期にかけての時代です。イスラエル諸部族は主なる神ヤハウェに対する信仰と、パレスチナ中央部のエフライム山地にあったシロの聖所を共通基盤として、ゆるやかに結びついていました。このころ、パレスチナ西部の平地に勢力を築いたペリシテ人がイスラエル各地を侵攻し始めていました。他方、ヨルダン川東岸のイスラエル人はアンモン人の脅威にさらされていました。

サムエルはこうした時代に生きて、預言者、また裁きつかさとして活躍しましたが、民の間では次第に周囲の国々のように王を求める声が強まっていきます。サムエルの意思とは反対に王制が誕生していきます。こうしてまず、ベニヤミン族出身のサウルがイスラエルの初代の王に選ばれます。彼がペリシテ人との戦闘で戦死した後、ダビデが南北のイスラエルを統一して二代目のイスラエルの王となります。ダビデはペリシテ人をはじめアラム人など周辺の民を次々に征服していきます。しかしその後、ダビデは、息子アブサロムの反乱やシェバの反乱に悩まされますが、それらを鎮圧させ王国の基盤を固めます。サムエル記はこのダビデの時代までを扱っています。

サムエル記は、歴代誌のようにダビデを理想化して描くことはありません。ダビデだけでなくサムエルについても、この書に登場する人物は皆、多くの罪や悩みを持っています。親子の関係や結婚生活、個人の性格上の悩みなど実に様々です。ダビデは、ヨナタンとの素晴らしい友情に助けられるということがある反面、自分の子供に反抗されたり、山賊の頭領のような生活をしたり、ウリヤの妻バテシバとの間に性的な重大な罪を犯したり、ミカルとの冷え切った結婚生活の継続など波乱万丈の生涯を送ります。その生涯は、主への揺るぎ無い信仰が見られる一方で、実に多くの罪を犯しています。サムエル記はそのいずれをも赤裸々に物語ります。その何れもが人間の真実な姿としてありのままに描きます。その罪や弱さにもかかわらず、神が歴史を支配し、その恩恵により神の摂理による導きが与えられていることを描きます。サムエル記は神を前面に出して物語りません。信仰もまたそうです。しかし、歴史の中にあらわされる神の支配と導きが、物語の展開の中であらわされていきます。その妙を、面白さを理解するには読者の人生の経験がいります。サムエル記には、それを期待して記されているところが相当あります。その辺を共に読み取っていきたく思います。

Ⅲ.サムエル記講解

1.サムエル記上1章1-20節「サムエルの誕生」

ここにはサウルとダビデに油を注ぐ預言者サムエルの誕生の次第が記されています。サムエルの父となるエルカナについては、エフライム出身であることを示す四代さかのぼる系図が記され、二人の妻ハンナとペニナを持っていたこと、ハンナを愛していたこと、毎年自分の町からシロの聖所に家族を連れて巡礼に出かけ、そこでいけにえを捧げる敬虔な生活を送っている姿が記されています。彼に二人の妻があることが報告されていますが、サムエル記においては一夫多妻制度が何の問題もないかのように記されることが多く見られます。それは、当時のオリエント世界の共通した現象であり、それが前提されています。そのことの良し悪しを論じ、そこにとどまって物語を読むなら、この物語を通してサムエル記の著者が述べようとした中心的な事柄を読み落とすことになります。著者は、妻が二人いる場合の一方に子供がない場合の家庭におけるいざこざと、その受ける扱いによる不幸について述べています。これもまた古代オリエントに共通して見られる現象でありましたが、不妊の女は最も不幸であるとみなされていました。

ハンナの名が先に記されていることからすると、彼女はエルカナの正室であったと思われます。しかし、子を持たない正室の立場は強くありません。彼女にとっての唯一の慰めは、エルカナのハンナに対する「このわたしは、あなたにとって十人の息子にもまさるではないか」(8節)という愛でした。

いけにえの日、そこで捧げられたいけにえの供食が行われるのが常でした。4節にそれぞれがいただく分け前が記されています。夫から愛されていたハンナは誰よりも大きなわけ前(「一人分」は意訳、原文は「顔」)に与っていましたが、ハンナの与った取り分は高級な切り身であった可能性がある。それゆえ、そのたびにペニナからいやみを言われ、非常に気まずい苦痛のときとなっていたのでしょう。この礼拝とその中でなされる供食(聖餐に匹敵する)時は、本来喜びの席であったはずです。しかし、その席は最も苦痛の時となっていたという皮肉な現実が報告されています。この家族の敬虔な表面上の生活ぶりとかけ離れた現実がそこにありました。

そして、この喜びのない礼拝祭儀を取り仕切る祭司の名が報告されています。エリの二人の息子ホフニとピネハスは、「ならず者で、主を知ろうとしなかった」(2:12)とんでもない人物でありました。彼らは礼拝者から捧げられた肉を肉差しで突いて取る邪な生き方をしていました。礼拝の場が喜びでないだけでなく、それを正しく導くべき立場にあるものが、邪悪な心と行為でその場が汚されていたのです。

しかし、不幸な女ハンナは、子供を与えられないことによる悲しみに涙を流しつつも、主への祈りを辛抱強く捧げていました。「主はハンナの胎を閉ざしておられた」(5節)とサムエル記は報告しています。その原因が主なる神にあるなら、この神に祈り、事態の根本的解決がなされる以外に希望がないことをハンナは知り、ハンナはこの神に向かって激しく泣いて祈り続けました。

ハンナは、「万軍の主よ、はしための苦しみを御覧ください。はしために御心を留め、忘れることなく、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげし、その子の頭には決してかみそりを当てません。」(11節)と心の中で静かに、しかし激しく執拗に祈り続けました。

このハンナの祈りはエリの目にとまり、エリはハンナの唇は動いているが、声に出ていないので酒に酔った恍惚状態あると思い、ハンナに、「いつまで酔っているのか。酔いをさましてきなさい。」(14節)注意さえしています。エリがこのような誤解をする正当な理由があります。それは、犠牲の供食の際にはお酒を飲むのが普通であったからです。しかし、ハンナの控えめで誠実な、「いいえ、祭司様、違います。わたしは深い悩みを持った女です。ぶどう酒も強い酒も飲んではおりません。ただ、主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました」(15節)という答えを聞くと、彼女の祈りが聞かれるように保証する言葉をかけています。

ハンナはこの言葉を聞き、まるで別人のように元気を取り戻し、「はしためが御厚意を得ますように」といって、そこを離れ、食事を済ませ、ラマにある家に帰ります。そして、主の御心に留められ、ハンナは身ごもり、サムエルを生みます。このハンナと主との応答は、主イエスの母となるマリアと御使いガブリエルとの応答を彷彿させます。

ハンナの祈りは、主の御心のみを期待し、それにすべてを委ねる信仰から発せられる祈りです。夫エルカナの礼拝祭儀における忠実な態度にもかかわらず、その家庭の不和や礼拝における喜びのなさは、今日のクリスチャンホームにもしばしば見出されます。そこにはまた、もう一つの祭司の家庭におけるゆがんだ生活が影のように覆い被さる歴史が背後にあることも暗示されています。

そこには主に純粋に期待し祈りつつ生きる信仰が根付かない姿が描かれ、クリスチャンホームのもつ弱点をさらけ出しつつ、不幸の中でも涙ながらに主への信頼を失うことなく祈り続けたハンナの祈りに答える主の確かな愛と導きがあることの両面が記されています。ここにサムエル記全巻を貫く二つの主題が記されています。

報われない人間の努力や敬虔に、多くのクリスチャンホームの嘆きが聞こえてきます。イスラエルは、カナンという神の国の型となる征服戦で、大苦戦をしばしば経験していきます。それは、根本的には御言葉に聞くことに失敗する不信仰に原因があります。家族における分裂、不一致は、主に向かう信仰の不一致に原因があります。

しかし、ハンナの祈りは、そうした分裂争いに抗する主の勝利としてここに描かれています。事柄を支配するのは主です。主はハンナの胎を閉じ、また開かれるのです。主はご自身に心を開け放って祈る者に御心を留められるお方です。虐げられた権利無き者を省みる主であることを、ハンナの胎を開き、彼女からサムエルを誕生させることによって明らかにされます。

サムエルの名は、「シェーム(名前)」と「エール(神)」からなる合成語です。「その名の上に神の名が唱えられる者」という意味があります。イスラエルの歴史で王をいただくということは大きな画期を画する出来事でありますが、その最初の王となる者よりもその王に油を注いで祝福するサムエルの名の上にこそ神の御名が唱えられます。イスラエルを救うのはサウルでもダビデでもありません。彼こそ、本当の救い主です。突然神は歴史に介入し、この人物を存在へと呼び出されました。そのことによって、この王国の歴史が、専制君主たちによって支配され、その権力の力で導かれる歴史ではなく、途切れることなく続く神の導きの歴史であることを示しています。サムエルのその誕生の出来事が救い主イエス・キリストの誕生とその救いを指し示しています。

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