詩編講解

33.詩編42~43篇『神を待ち望め』

聖書は、私たち人間が土の塵で造られたが、神のかたちに似せて造られた存在であり、その鼻に命の息を神によって吹きいれられて生きるものとなったことを告げています。これらの言葉は、人間が神との人格的な交わりの中で、神を礼拝し神を喜ぶその様な生き方の中で、その魂に平安が与えられる事を明らかにしています。

しかし、わたしたちは、そのような日々の生き方が本当に大切であることを、あまり意識せずに歩んでしまうことが多いものです。自分の力で生きていけるように考えて歩む時、神の存在を忘れやすく、神の導きの大切さを忘れやすいのです。そして、神の恵みによって仲間とされた信仰の友とともに捧げる礼拝の大切さを忘れてしまうような道に足を踏み外し、神から遠く離れてしまうような生き方をしてしまうことも起こるのです。

この詩編を歌った詩人はそのような歩みを経験した時の苦しみを歌っているのであります。

この詩篇の作者は、エルサレムとその神殿から遠く離れて立って、エルサレムの神殿で神と親しく交わっていた日のことを追憶しています。彼はエルサレムの神殿において要職を占めていたかもしれません。かつては神の家にいて、神に身をまかせることを許されていたのでしょう。しかし、今は敵の圧迫と嘲笑を激しく浴びせかけられ、神に捨てられたものの悲哀に気付かされ、また同時に神を慕う悲哀を意識させられて生きていました。
彼がエルサレムとその神殿から遠く離れているのは、彼が罪を犯したために、そこから追放されたためであるかもしれません。いずれにせよ、彼は長く神と親しく交わったエルサレムでの神殿礼拝から遠ざかったままでありました。

涸れた谷に鹿が水を求めるように
神よ、わたしの魂はあなたを求める。(42篇2節)

彼は、このように歌うことによって魂の生ける神への全存在的・宗教的喘ぎを表明しています。

詩篇歌も讃美歌21の132番も鹿が谷川の水を慕い求める様子を歌っています。その光景は谷川には水が滔々と流れているという印象を与えますが、そこは「枯れた谷」です。鹿が訪ねた谷は、水が滔々と流れるところではなく、夏の炎天下に干上がった枯れ床です。鹿が乾いた川床に必死で首を突き出して、空しく水を求める姿は実に痛々しく惨めです。

この詩人の魂は、そのように涸れ谷の水を求める牝鹿の姿に似ています。枯れ谷に水を求めてやってくる鹿のように、彼の魂は生ける神を渇望し、神に近づこうとしています。神がおられなければ、彼の魂は衰えざるを得ません。神との関係が失われるということは、彼の信仰にとってもはや抜き差しならぬ事態にあります。

彼にとって神はまさしく「命の神」です。遠く異境の地に立ち、かつて魂を注ぎ出して神を礼拝した日のことを思い出しますが、その機会がいつ与えられるかという見通しも立たず、彼はまことの神を知らない異教徒から「お前の神はどこにいる」と問われて、答えられず、彼の魂はいっそううなだれ、呻くのです。人から昼も夜も絶え間なくそう問われて、神との交わりを失っている現実にただ涙が溢れるばかりでありました。そのような彼にとって神の存在は遠く、神への疑いの心がよぎります。

彼はかつて巡礼のため宮に入ったときのことを思い起こします。しかし、その日の喜びが大きければ大きいほど、彼の魂はうなだれ、激しく飢え、渇き、呻くばかりです。

「お前の神はどこにいる」と問われ、答えられない彼は、激しい自己嫌悪と苦しみにさいなまれました。「お前の神はどこにいる」と問われ、反射的にわたしの神はどこにいるのかと、存在論的な問いが彼の心によぎりました。

しかし、彼はそのように問うことによっては、神を見出すことは出来なかったのです。「お前の神はどこにいる」という存在論的な問いは、堂々巡りして、彼の苦しみを増すばかりで、少しもその苦しみから彼を解放することはありませんでした。

彼はその苦しみの中で重要なことに気付かされました。その問いの立て方自体が間違っていたことに気付かされたのであります。

「神はどこにいる」と問われるべき方ではなく、神は彼にとって「待ち望む」べきお方でありました。たとえ現在、神のもとから追放されているとしても、神は彼にとって待ち望むべきお方でありました。わたしの神はどこにおられるのだろうかと問うことではなく、神は待ち望むべきお方であるのです。神はいつまでも告白すべき信仰の対象であるのです。神は、私たちの現在の状況がどう変化しようとも、その御名を告白し、御顔を拝し、ご自身が与えてくださる救いを待ち望むべきお方であるのです。彼がこの重要なことに気付いたとき、暗闇に支配されていた心に一条の光が差し込んできました。

「神はどこにいる」と問われるべき方ではなく、神は「待ち望む」べきお方であります。そして、神は御名を告白し礼拝すべきお方であります。この神に望みを起き、この神こそ「わたしの救い」となるべきお方なのであります。

しかし、高揚しかけた喜びと希望は、再び現実に目をやるとき、いっぺんに萎んでしまうのを彼は経験しました。彼は故郷のエルサレムを追われ、遠く異境の地ヘルモンの山中にいることに気づいたとき、再び彼の心は暗くなりました。ヨルダンの川の深く落ち込んでいく流れは、美しい光景であったに違いないと思うのですが、神から捨てられ懲らしめを受けていると感じとっている彼には、その深遠は、彼の心の苦しみの深さを反映しているように映りました。

その事を知らされ、神への彼の信仰を喚起されました。神の慈しみに頼らずして望みのない自分の現実を、彼は見通すことができました。激しい流れ、落差の大きな川の流れに、水は激しく砕け散っています。しかし、その川の水が怒濤のように流れ来ても、岩は決して砕け散ることはありません。彼にとって、神はそのように変わりなく揺るぎない土台であり、唯一の確かな救いでありました。そのことを彼が発見したとき、たとえ苦しめる者が再び骨を砕き、嘲って、「お前の神はどこにいる」と尋ねたとしても、彼の魂は、もはや神を疑い、呻く必要はありません。

大切なことは、神を待ち望むことであると知ることができたからであります。この希望の神を、我が神として告白することができたからであります。この神を信じ、この神を礼拝し、己の全存在を委ねきって生きていくことの大切さを知ったからであります。

それ故、彼の生きる課題は、この神に望みを置く祈りの人生となりました。エルサレムの神殿でないと神を礼拝できないというのではありません。神に望みを置き、神に願い、神を待ち望みながら、神を砦とし神から離れないで生きる生き方を求めていくことが、彼にとって重要な課題となりました。

彼にとって、神は、「わたしの神はどこにいる」と捜し求める生き方ではなく、「あなたの光とまことを遣わしてください」(43篇3節)と祈り願い、神から与えられるところの真実に生きることこそ大切であるということを知らされたのであります。

真実は神の不変不動なることのうちにあります。それは、人が自ら獲得するものではなく、神から人に送られてくるものであります。人はこの恵みの神に近づき、それを祈り求めることが出来ます。そして、神に感謝を言い表すことも、ほめたたえることが出来ます。神を探究して捜すのではなく、待ち望みの中で、神を礼拝することを求める者に、神は平安を与えてくださいます。

そのことを知ることを許された者にとって、もはや礼拝の場所が問題なのではありません。健康状態も問題なのではありません。重要なのは、そのような神の近さ、近づきやすさではなく、常に神を待ち望み、神に信仰を告白し、神こそ救いと信じ礼拝し続けていることなのであります。

この待ち望みの姿勢こそ、私たちを人生のあらゆる悩みから解放し、飢え渇きを取り除き、救いを得させる新たな力となりうるのです。そういう待ち望みの中で神と交わる礼拝こそ、私たちの信仰を育て、常に新たな力を与える原動力となるのです。その力を与えるのは恵みの神にほかなりません。
詩編42,43篇から学ばねばならない一番重要なことは、神を慕う心が神から何を受けるかではなく、いつも神を待ち望み、「御顔こそ、わたしの救い」(42:6,12,43:5)、と告白して生きる者となることであります。

旧約聖書講解