列王記講解

24.列王記下8:1-9:37『オムリ王朝の崩壊-イエフ革命』

8-10章にかけて、オムリ王朝とそれに関わるユダ王朝の崩壊が記されています。これら一連の出来事は、エリヤに告げられた主の託宣(列王上19:15-18)と、ナボトを謀殺して彼のぶどう畑を奪い取ったアハブとその妻イゼベル及びオムリ王朝の滅亡を告げるエリヤの預言(列王上21:18-21)の成就として記されています。それは異教徒のシドン人の女イゼベルを妻とし、バアル宗教をイスラエルに持ち込み、主なるヤハウエの預言者を迫害するだけでなく、主に認められた民の権利を侵害するにまで至る、主の正義を蹂躙するオムリ王家とそれに関わる南のユダ王家に下された主の裁きとして語られています。

この大きな話の流れの中で、1-6節の『シュネムの婦人』に関するエピソードは、内容的に浮き上がった感じがします。この関連の場違いさは、前章のアラムとの戦いにおける「大飢饉」の関連で、ここにシュネムの婦人とエリシャの関わりが書かれた物語を持ってきたからだと思われます。彼女は、神の人エリシャに親切にし、それによってエリシャの好意を得、神の祝福を受けますが、その祝福・幸福は長続きせず、与えられた子の死や、ここでは、飢饉を逃れるため、エリシャの助言に従って7年間国を離れています。そして飢饉が終わり、国に帰ってみると、土地の権利を失い、王にその土地が没収されるというという不幸に遭遇します。しかし、子はエリシャによって蘇らされました。また、土地については、彼女がその回復を訴えに行った時、エリシャの従者ゲハジが、王にエリシャの事績を語っていた時であったため、彼女の訴えは全て認められ、その地所も収穫も全て還されることになりました。この小さなエピソ-ドは、神の人とその言葉に従う者は、神の祝福を受けることと、その者にも、時に自然の災害や、家族での試練、悲しみの出来事が多くあることを明らかにしています。しかし、使徒パウロが「神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。」(Ⅱコリント7:10)と述べているとおり、彼女の悲しみは御心にそった悲しみとして、主の大きな報いの下に置かれています。

これに対し、8章7節から10章の終わりにかけての物語は、真の信仰に生きず、異教のバアル宗教に関わり、その民を主の義に従って正しく治めない王たちに対する裁きが述べられています。では、その裁き手として用いられる者は正しかったかというと、彼らも同じように罪深い人間です。物語は、罪ある人間が王国をいつも支配し、動かしているように見えても、その彼らを支配し導いているのは主なるヤハウエであることを明らかにし、主とその約束の言葉だけが堅く立ち、成就することを告げています。

8章7-15節は、エリシャが行った、ダマスコに関する預言です。ダマスコ(アラム)とイスラエルとはしばしば対立関係にあり、宗教的にも異なる国です。そのような国にエリシャが行って、その国の王ベン・ハダドが、彼に主なるヤハウエの御旨を求めるよう頼むほど友好的な関係にあったのか、不思議な気がしますが、彼に仕えるナアマンの、重い皮膚病をエリシャが癒したことによって(列王下5章)、その名声が遠くダマスコにも伝えられていたのでしょう。ベン・ハダドは病気であったといわれています。彼はエリシャに多くの贈り物をし、自分の病気が治るかどうか、ハザエルを通して尋ねさせています。エリシャは、ハザエルに王の病気は必ず治るが、必ず死ぬことが主に示されたことを告げています。そしてハザエルが恥じ入るほど彼を見つめ、泣き出しました。その理由は、彼がイスラエルに行う、大きな災いを思ってであることを明らかにしています。そしてエリシャは、彼がアラムの王になることを主の御旨として告げています。ハザエルがベン・ハダドに代わって、ダマスコの王となるとエリシャは告げましたが、彼は一介の王の仕え人に過ぎない人物でした。彼は、寝ている王の顔に、水で浸した布を覆い、息ができないようにして王を暗殺し、王位を簒奪しています。しかしこれは、エリヤが預言していたことの成就として起こった出来事としてここに報告されています(列王上19:15)。ハザエルに殺されたベン・ハダドの即位の年は、イエフと同じ前845年、その没年は、イエフの子ヨアハズと同じ、802年です。ハザエルは、イエフとヨアハズの二代にわたって、イスラエルを苦しめつづけました。

8章16-29節は、ユダの王ヨラムとその子アハズヤに関する物語です。この二人の王について、列王記の評価は非常に厳しくなされています。その理由は、二人とも北イスラエル王国のアハブ王の娘を妻として迎え入れ、アハブの家が行った主の目に悪とされる罪を、同じく犯したからであることが述べられています。それでもユダが滅ぼされなかったのは、主がダビデに約束を与えていたゆえであることが述べられています(サムエル下7:16)。ユダは常にエドムを支配しようとしました。その理由は、紅海に通じるエツヨン・ゲベルの港に通じる道を支配するためです。そこはソロモンの時代貿易を発展させた重要な位置をしめていたからです。しかし彼の時代にエドムが反旗を翻し、その支配から脱却したことは、国の弱体ぶりを示しています。列王記は、そもそもヨラムがイスラエルのアハズの娘をもらうこと自体、自らの王朝をイスラエルの従属の下に置く弱体ぶりを示すものとして、ここに報告しています。その子アハズヤに対する評価も似たようなものです。ヨラムはアラムとの戦いで傷を負ったのが致命傷で死にますが、その子アハズヤはイエフによって殺されます(下9:27)。28節以下に、イエフ革命時の王家の事情が語られています。アハズヤはヨラムと共にアラムとの戦いに参戦しますが、ヨラムは傷を負います。アハズヤは傷を負ったヨラムを見舞いますが、それが致命傷となってイズレエルで死にます。それはあのナボトのぶどう畑に隣接する、オムリ家が所有する冬の宮殿においてです。その参戦は、そもそもイスラエルに従属する立場からのものであり、王家の別荘で死ぬヨラムは、ユダの王として死んだというより、イスラエルに従属する者としての死んだことが強調されています。ダビデの血を引く不変の王国として命脈は保たれますが、彼の最期は真にダビデ王家の面目を失わせるものです。ダビデのような信仰に生きない王の哀れな最期として、列王記はこの物語を記録にとどめています。

9-10章は、イエフ革命によるオムリ王家の滅亡を物語っています。今回は時間の関係上、9章のみを扱います。預言者エリシャは、ダマスコのハザエルが王となることを預言しましたが、ここでもエリシャは、その部下に命じイエフに油を注ぎ、彼がイスラエルの王となることを明らかにします。その際、エリシャはその使いの者に命じ、イエフに次のように語らせています。

「イスラエルの神、主はこう言われる。『わたしはあなたに油を注ぎ、あなたを主の民イスラエルの王とする。あなたはあなたの主君アハブの家を撃たねばならない。こうしてわたしはイゼベルの手にかかったわたしの僕たち、預言者たちの血、すべての主の僕たちの血の復讐をする。アハブの家は全滅する。わたしは、イスラエルにおいて縛られている者も解き放たれている者も、アハブに属する男子をすべて絶ち滅ぼし、アハブの家をネバトの子ヤロブアムの家のようにし、アヒヤの子バシャの家のようにする。犬がイズレエルの所有地でイゼベルを食い、彼女を葬る者はいない。』」(列王下9:6-10)

これはまさにエリヤが預言していたことの成就であります。イエフは、エリシャによる油注ぎと預言により正当性を与えられ、イスラエルの王ヨラムを謀反により暗殺し、ユダの王アハズヤも暗殺します。これら二人の王の死によって、オムリ王朝の血は絶え、王家はついに滅びることになります。オムリ王家は、カナンの隣人たち、殊にフェニキア沿岸の諸都市と同盟政策を取り、また政略結婚を行い、カナン宗教の影響をイスラエルとユダの両王国全体に蔓延させる罪を犯しました。エリシャがその裁き手として油を注ぎ、任命したイエフは、強い野心家であり、非常に残虐な性格の持ち主でありました。彼は、革命を起こし、イスラエルの政権を掌握しましが、その統治は少しも優れたところがありませんでした。その暴力的権力奪取と、彼のオムリ王家滅亡の取り組みに、エリシャは正当性を与え、列王記の記者も積極的な評価を与えていますが、彼が収めた成功は部分的なものに過ぎず、彼の治世の間、ダマスコのハザエルの侵略に絶えず悩まされつづけ、王国自体は弱体化の道を歩みました。彼の残した功績は、バアル宗教に熱心であったオムリ王家の王ヨラムと皇太后イゼベルを殺し、レカブ人ヨナダブと共にバアルに仕える者を一掃し、バアルの神殿を破壊したことぐらいです。その粛清は徹底していました。それゆえ、彼に対する列王記の評価は高く、この働きのゆえに彼の王家は4代にわたって存続することが約束されています。それは北イスラエル王国200年の歴史の約半分に相当する期間です。政治的には決して有能でない彼とその子孫が、それだけ長くその王国を維持できたのは、ただ主の約束に基づく祝福があったからです。

しかし、預言者ホセアはこれに対して厳しい見方をしています(ホセア1:4)。ホセアは、イスラエルの滅亡がバアル礼拝が原因であることに同意しますが(同13:1)、暴力的な方法によってその者たちを滅ぼすやり方には同意しません。この聖書の二つの見方を忘れないことが大切です。真の信仰への道は、政治の力や軍事的圧力によって強制的に正して確立できるものでなく、心の深いところで神と向き合い、信仰を確立していくことによってのみなし得るものであることを、ホセアは見ています。真の宗教改革、真の信仰の確立への道は、地道で長い道のりを要するものであることをホセアは見ています。

だからといって、イエフの革命が全く無意味であるということはできません。イエフは、とにかくイスラエルに蔓延していたバアル宗教を一旦根絶やしすることに成功した人物としてやはり覚えられるべきでしょう。その象徴的出来事は、オムリ家にバアル宗教を根付かせたイゼベルの死です。彼女はイズレエルの冬の家で、目に化粧をし、髪を結い、屋上間の窓から、この成り上がりの革命児で、息子ヨラムを殺害したイエフを、見下すように見下ろしていました。そして老いたりとはいえ、フェニキア仕込みの洗練された化粧で魅惑し、イエフを圧倒しようとしましたが、この野蛮な性格を持つイエフにはそのようなものは通用しません。彼が窓を見上げ、「わたしの味方になる者は誰だ、誰だ」と言うと、二、三人の宦官が見下ろしたので、イエフは「その女を突き落とせ」と命じました。彼らがイゼベルを突き落としたので、その血は壁や馬に飛び散り、馬が彼女を踏みつけた。(32-33節)といわれています。イエフは皇太后のそのような死に目もくれず、家に入り食事を先に済ませてから、その葬りの指示をしています。しかし、その間に彼女の死体を野良犬が食べてしまいます。残っているのは、「頭蓋骨と両足、両手首しかなかった」といわれています。彼はそれをティシュベ人エリヤの預言したとおりだといっています。

バアル宗教の権化のようなイゼベルの悲惨な死が、預言者の言葉どおり実現したことは、その言葉の真実を物語るものでありますし、神は、不真実で、イスラエルの信仰を破壊する偶像宗教を、いつまでも放置されないことを明らかにする意味がありました。野卑な神経の持ち主であるイエフを用い、この王家を裁かれたのは、王家の振る舞いに相応しいものであったと言うことができるでしょう。しかし真の信仰の確立、偶像の除去は、心の内側から神に向かい、神の御言葉に静かに耳を傾ける生活からしかなし得ないことを、ホセアの言葉から学ぶことを忘れてはならなりません。

旧約聖書講解