列王記講解

1.列王記上1章『王位継承の争い』

列王記の物語は、ソロモンの父ダビデが造ったイスラエルとユダの統一王国の王座に、ソロモンが即位したことから始まります。冒頭の2章は、誰がダビデの後を継ぐべきかを決定する、ダビデの子たちをめぐる陰謀の物語です。

1-4節は、ダビデ王が老齢となり、身体的能力が欠如してきた現実を明らかにし、5節以下に見られるハギトの子アドニヤによる王位継承をめぐる陰謀を生む要因として物語られています。

アドニヤは現存するダビデの子の中で最年長者で、王位継承の順位から言えば、一番近い所にいましたので、ここに見られるような王位継承をめぐる性急な行動を起こす必要はなかったははずです。列王記は彼の行動を「思い上がり」(5節)と批判的に見ています。それは、父親からその行動をとがめだてされたことのない、わがままな人間の行動であったと説明しようとしているふしが見られます。しかし、このわがままに育った人間の「思いあがり」に同調する人間は、そんな感情に振り回されるような判断力の乏しい人物たちではありません。それゆえ、彼に同調した人物たちの行動の背後にあった計算が何であったのか見ておくことが大切です。その背後には、ダビデを取り巻く二つのグループの存在が考えられます。まずダビデの息子たちについての二つのリストを考える必要があります。その第一は、ヘブロンで生まれた息子たちです(サムエル記下3:2-5)。第二は、エルサレムで生まれた息子たちです(サムエル記下5:13-15)。ここで王位継承をめぐる戦いになったひとりアドニヤは、ヘブロン生まれです。ソロモンは、エルサレム生まれです。

アドニヤを支持するヨアブとアビアタルは、ダビデがエルサレムに入る前からの家臣です。ソロモンを支持した祭司ツァドクとベナヤはダビデがエルサレムに入ってからの家臣です。ヨアブはダビデの甥でダビデの重臣として軍の司令官を務めていました。アビアタルは、ダビデがサウル王に追われていた時に、ダビデを助けたためにサウル王に殺された祭司アヒメレクの息子でありました。彼らは王ダビデに貢献をした人物たちです。しかし、いまやダビデの衰えが目に見えて激しくなり、王位継承の「Xデ-」が近づく中で、自分たちの立場がどうなるのか、それは当然重大な関心ごとでありました。彼らはエルサレムに入る前からの家臣として、イスラエル部族連合の伝統の中で育った人間でありました。しかし、ダビデがエルサレムに都を定めてからエルサレムに入ってからの家臣が勢力を増しつつありました。アドニヤとそれに与する人物たちは、こうしたエルサレムグループの人たちに対する焦りと対抗上、彼らがダビデによるお墨付きをもらう前に王位継承の動きをとったとしても別に不思議ではありません。その可能性は多いに考えられます。

列王記がアドニヤの行動を批判的に見ているのは、王権を神から授与されるべきものであるのに、自ら奪取したことです。さらに、戦車と馬と五十人の護衛兵という私兵隊を形成し、王と国民に反逆した点です。この反逆行為にいち早く反応したのは預言者ナタンです。彼はダビデの誤りを指摘した重要人物でありますが、彼もまたエルサレム以来の人物です。彼はこのままアドニヤの行動を黙過するなら、本当にダビデの後継者として全イスラエルの承認するところとなり、彼が啓示を受け主の御心として示されたソロモンが王となる道が閉ざされることになることを危惧しました。彼は、「主はその子を愛され、預言者ナタンを通してそのことを示された」(サムエル記下12:24-25)ソロモンこそ後継の王となるべきであるという御心がいまこそ行われるべきだと確信し行動を開始します。

彼は、バト・シェバに知恵を授け、ダビデ王の下に行き、ダビデのかつての誓いを実行するよう嘆願するよう勧めています。バト・シェバがそうするなら、自分も時を見計らって王にその言葉を確認しにいくと、バト・シェバに述べています。そして、二人は打ち合わせ通り行動し、ついに王ダビデから後継王としてソロモンの指名を受け、祭司ツァドクと預言者ナタンは、ギホンにおいてソロモンに油を注ぎ、王に即位させ、それを民全体に明らかにするため角笛が吹き鳴らされました。その騒ぎがアドニヤの下にも届くことになり、アドニヤはアビアタルの子ヨナタンからその事実を知らされ、恐れ、彼に招かれていた客たちは皆震えあがりながら帰途についたといわれます。

アドニヤは反逆者とされることを恐れ、その処罰を免れるよう嘆願しています。ソロモンは、「彼が潔くふるまえば髪の毛一筋さえ地に落ちることはない。しかし、彼に悪が見つかれば死なねばならない。」(52節)と答え、寛大な処置をとることを約束し、ひとまず王位継承の争いは決着を見ることになります。

王位継承をめぐる争いには、人間的な思惑や作為的な行動が見られますが、誰が王位を継ぐべきかという答えは、結局のところ、神の御心が人間の計画を打ち砕きながら成就して行きます。

旧約聖書講解