サムエル記講解

12.サムエル上11:1-15 サウルの勝利と即位

本章には、サウルの王位の始まりについての第三の物語が記されています。サムエル記の記者は、サウル王即位に関する異なる三つの伝承を保存しています。これらの伝承は、それぞれ一続きの文脈をなす複数の物語として並存していたわけではありません。おそらく第一の物語はサムエルの居住していたラマに、第二の物語はミツパに、そして、この第三の物語は、ギルガルのおいて伝えられていたものと思われます。

さて、この第三の物語は、アンモン人ナハシュのヤベシュ・ギレアド攻撃をめぐって展開されています。ヤベシュ・ギレアドとアンモン人との軍事的衝突については、既に士師エフタの時代に遡ります(師士記11章参照)。アンモン人はイスラエルが弱体化した時、唐突に戦闘をしかけてきました。ヤベシュ・ギレアドはヨルダン川東岸にある町で、士師記21章にはこの町が破壊されることになった次第と、ベニヤミン部族と特別な関係が記されています。サムエル記におけるこの物語もまた、明らかにヤベシュ・ギレアドとベニヤミンとの関係を背景にして語られていると思われます。

ヤベシュの状況は絶望的でありました。それはまた、イスラエル全体の弱体化、無力化を表す出来事でもありました。アフェクでのペリシテとの戦いにおける敗北(4章)は、深刻な後遺症を残しました。イスラエルがいかに無力な国であるかを内外に知らしめることになったからです。アンモン人ナハシュによって包囲されたヤベシュの住民は、生き残れる唯一の方法はナハシュと契約を結んで、彼に仕えること以外にないと考えました。この契約は、相手方に宗主権を認めるもので決して対等なものではありません。優越する支配する者の側から課せられる定めを意味していました。支配される者は契約締結と同時に服従が当然のこととして求められました。しかし、支配する者の側にも義務を伴うものでありました。それゆえ契約を締結するということは無条件降伏を意味するものではありませんでした。この契約においてイスラエルにとって問題だったのは、どのような条件が課せられるかということでありました。

この契約の申し出に対するナハシュの回答は、実に辛辣な嘲りを含んだ内容でした。それは法を恣意へと変えて歪曲してしまうような提案でありました。「お前たちと契約を結ぼう。ただし、お前たち全員の右の目をえぐり出すのが条件だ。それをもって全イスラエルを侮辱しよう。」(2節)というナハシュの言葉から、彼がいかにイスラエルの弱体ぶりを熟知していたかを知ることができます。イスラエルは前587年にバビロン捕囚によりどん底の時代を経験しますが、それ以前の時代におけるまさにどん底の時代であることを十分に明らかに示す出来事でありました。イスラエルはこの屈辱的なナハシュの提案をそのまま受け入れることはできないと思い、ナハシュに7日間の猶予を求め、その間にイスラエルの全土に使者を遣わし、救ってくれる人を捜し、救う者がいなければ、いうとおりに仕える旨を伝えました。このイスラエルの申し出に、余裕をもって許可するナハシュの態度に、どん底のイスラエルを見透かしている姿を認めることができます。

しかし、この弱いどん底のイスラエルに、神は救い主を用意されるお方であります。物語はここから急展開します。ヤベシュの町はイスラエルの全土に使者を遣わしました。そして、使者たちはサウルいる町ギブアのもとにまるで急行して訪れたように記されています。サムエル記の著者は、ここでは異なる伝承において既にイスラエルの王として知られている油注がれたサウルのもとに使者が行くべきであり、当然であることを思わせるように記しています。

ギブアの住民は使者の知らせを聞いて激しく声を出して泣きました。「そこへ、サウルが牛を追って畑から戻って来」て、民が泣いているのを目撃し、「民が泣いているが、何事か起こったのか。」と尋ねました。彼らはヤベシュの人々の言葉を伝えました。この言葉を聞いているうちにサムエルの上に神の霊が激しく降りました。これはサムソンの場合(士師14:19)と同じように、単なる人間的な怒りの燃え上がりとは違います。主の霊が降り注ぐ人物こそ、主に救済者として指名された者であり、神はいま、この上ない困苦に悩まされているヤベシュの住民を救おうされています。その状況が人間的に見ていかに救うことに困難があるとしても、油を注がれた者を通して働く神の霊の救いの力は、この状況を打開して余りあります。

サウルが行った一軛の牛を引き裂き、それをイスラエルの全土に送るという行為は、士師記19章の出来事と酷似しています。士師記19章では、この同じの町ベニヤミンのギブアで、その住民の男たちによってなぶり者にされて殺されたそばめの体をレビ人は、十二に引き裂き、イスラエルの十二部族におくり、この町に対する報復の誓いをし、この町を徹底的に滅ぼし去りました。そして、イスラエルの全部族はこの背信の部族の生き残りの女たちとは結婚をしないことを誓いました。しかし、この町が完全に消滅しイスラエルの一つの部族が消滅するのを主がお望みでないことを知ると、この戦いの呼びかけに応じず、これに参加しないでいた部族を特定し、その部族の町を徹底的に破壊した上で、そこで生かしておいた400人の女性をベニヤミン族の残りの者に嫁がせ、ベニヤミン族が消滅しないように残しました。

この士師記19章で全イスラエルがベニヤミンのギブアとヤベシュ・ギレアドに対してしたことと酷似したことが、ここに記されています。今度はベニヤミンのギブアから出、全イスラエルの王となるサウル王により、その関係の深い歴史を持つヤベシュ・ギレアドの救出が訴えられ、全イスラエルが立ちあがり、これを成功させます。まさにこれらの出来事は、イスラエルの歴史の中で不名誉で恥ずべき最悪の罪を犯した部族ベニヤミンとその町ギブア、そして、その町への報復に立ちあがらなかった、滅びて当然であった町ヤベシュ・ギレアドの名誉の回復がなされる出来事として、ここに記されています。

神はこの罪と汚れに満ちた町ベニヤミンのギブアから救い主を立てられます。そのような赦されざる罪と思えるほど大きくて深い罪を赦し、そのような罪深い者も、神の憐れみによって用いられる計り知れない深い恩寵が語られています。

わたしたちは、その生涯において多くの罪を犯します。こんな罪深い者を神が赦し、しかも、そんな者に救いの業に参与ささせるようなことをしてくださるはずがないと考え、悲観して生きねばならないと考えている人は多いかもしれません。しかし、神の御旨は何処までも深く、神の愛は大きく広いのです。そのような者をも許し、その救いの業のために神は用いてくださる方です。この深い、深い神の御旨を信じる者は幸いです。

サウルはこの神の深いご計画の中でイスラエルの救い主として行動し、アンモン人ナハシュを撃破します。

そして、この戦いに勝利したイスラエルをサムエルはギルガルに集め、そこで「王国を興そう」といって、「サウルを王として主の御前に立て」ました。ここでもまたサウルを王に立てるのに、中心になって主の名により執行しているのはサムエルです。そして、主の指名により、民による歓呼の承認がなされています。そして、王の就任を祝う礼拝と祝宴が催されています。七十人訳聖書にはここでもサウルへの油注ぎが語られています。

このように、サムエル記は、王制の樹立がなされたことを、異なる三つの伝承を用い徹底して明らかにしています。そして、サムエルは王制の成立には反対しつつも、この初代の王サウルに対しては深い人格的共感をもって、最初の一歩に立ち会っています。いずれにせよイスラエルの王制はこのようにして開始されました。そして、サウルはヤベシュ・ギレアドでのアンモン人・ナハシュとの戦いに勝利したことにより、王としての資質も豊にもっていることが内外に同時に明らかにされました。

それゆえ、本来この伝承には含まれていなかったと思われる、前の伝承からか、いずれかから取ってこられたと思える伝承を12-13節に挿入し、サウルが王になることを承認しようとしない者の考えがいかに間違っていたかを明らかにします。「『サウルが我々の王になれようか』と言っていた者はだれであろうと引き渡してください。殺します。」といって、民はサウルに向かっていいますが、サウルは、「今日は、だれも殺してはならない。今日、主がイスラエルにおいて救いの業を行われたのだから。」と答えています。ここには、新しい王を潔く承認しようとしないものに対する優柔不断さではなく、王にして勝利者に相応しい寛容さが示されています。神の寛容で底知れない深い愛により王とされたサウルが愛と寛容をもっている姿は、王のあるべき姿を示しています。少なくとも彼はその王としての出発においてはそのような人物でありました。

旧約聖書講解