サムエル記講解

36.サムエル記下5章1-24節『ダビデ、全イスラエルの王となる』

本章には、ダビデが全イスラエルの王となり(1-3節)、都をエルサレムに定めたこと(6-12節)が記されています。これらの記事は、内容的には判りにくいところもありますが、非常に重要な意味をもっています。既にユダの王となっていたダビデがヘブロンでイスラエルの長老たちから油注がれ、イスラエルの王となることにより、ダビデは文字通り全イスラエルの王となりました。これによってダビデへの約束(サムエル記上16章)がついに成就したことを意味し、イスラエル王国の王権が確立し、王国の首都がエルサレムに定められ、その王国の揺るぎ無い土台が築かれることになったからです。

1-3節には、イスラエルの王位がダビデの手に移される様子が記されています。イシュ・ボシェトの死によって、イスラエルの長老たちは一日も早く、国を治めるにふさわしい王を求めねばなりませんでした。イシュ・ボシェトの死により、サウル王の血を引く人物は、ヨナタンの息子メフィボシェトただ一人となりました。しかし、彼はまだ子供で、しかも足が不自由というハンディキャップをもっていましたので、王となるのにふさわしい人物とは考えられませんでした。それゆえイスラエルの長老たちは、別に王となるのにふさわしい候補者を探さねばならなかったのです。そして、イスラエルの長老たちは、王にふさわしい人物はダビデしかないと考えるようになりました。そこで、イスラエルの長老たちはヘブロンのダビデの所に来て、イスラエルの王になるよう要請しました。

ダビデが王となるのにふさわしい理由は三つありました。第一に、イスラエルの民と血縁関係にあること(ダビデはサウルの娘ミカルの夫)、第二に、ダビデは軍の指揮官として(3:21)、事実上指導者の職務を遂行していたという歴史的な正当性があります。そして第三に、「御覧ください。わたしたちはあなたの骨肉です。これまで、サウルがわたしたちの王であったときにも、イスラエルの進退の指揮をとっておられたのはあなたでした。主はあなたに仰せになりました。『わが民イスラエルを牧するのはあなただ。あなたがイスラエルの指導者となる』と。」(1-2節)いう長老たちの要請の言葉に表れているように、ダビデが王となるということは主の約束であったからです。イスラエルの長老たちは、これらのことを確認し、踏まえた上で、ダビデに全イスラエルの王となるよう要請しているのであります。

ダビデはこうした長老の要請を受けて、主の御前で彼らと契約を結びました。そして、イスラエルの長老たちは、ダビデに油を注いで、正式にイスラエルの王に就任させました。ダビデと長老たちとの契約は、ダビデの方から結ばれています。この行為は、ダビデが彼らに対して誠意をつくす義務を引きうけたということが意味されています。この忠誠の誓いが行われたことにより、彼らはダビデを正式に王と認めました。そして、そのことを証する、油注ぎが、イスラエルの長老たちによって行われることによりダビデのイスラエルの王就任が正式になされることになりました。ダビデに対する油注ぎは、既にサムエルによってなされていましたが(上16章)、それは密やかな隠された業として、しかし、主の約束に基づくものとしてなされていました。

ここでは主の約束の下に、長老たちが公的に油注ぎを行うことによって、全イスラエルの王に正式に就任したことが明らかにされています。主の約束は、「ナーギード」(君主)、主の意志に基づくカリスマ的指導者に関するものでありました。この二度目の油注ぎは、民がこの行為を通じて、契約にはいることによって、ダビデは正式に王となったということを、イスラエルの国内と国外の両方に、明かにする意味がありました。

この油注ぎは、長老たちのイニシアチブで行われたように見えますが、これに先立つ契約がダビデのイニシアチブによってなされ、しかも「主の御前で」という注記が記されることにより、神の意志に基づくものでありました。神の約束と意志が民の意志と一致して王国の基礎は揺るぎ無いものとなります。その意味で、二つの意思が完全に一致していることを表わす意味でも、この二度目の油注ぎは重要な意味を持っています。ダビデは今や油注がれたメシヤとして全イスラエルの王として立つことになりました。

ところで、このようにしてできたダビデによるイスラエルの支配は、独裁的な王政というよりも、同君連合的な性格を持つものでありました。

いずれにせよ、サウル王の死後不安定になりかけたイスラエル国家は、ダビデという王を与えられることによって再び、平和を回復することになります。

全イスラエルの王となったダビデは、エブス人が住んでいる町エルサレムを攻め、この町を征服して自分の町とし、この町をイスラエルの首都に定めます。エルサレムは、ダビデが征服するより1000年以上以前から存在する非常に古い歴史を誇る古都でありました。この町の名は、エジプトの呪詛文書やアマルナ文書にも言及されています。士師時代におけるパレスチナ侵入物語においても、この町のことが言及されています。エルサレムは、部族の境界の図式によればユダ族に属していました。しかし、この町はイスラエルとユダにとって異質な町と考えられていました(士師19:10-12)。エルサレムの町がこれほど長くイスラエルに征服されず、また他の国からも支配されず、長く独立を保ち得たのは、南北を結ぶ幹線道路から離れた位置にあったという理由を第一に上げることができます。第二に、この町が守るのによく、攻めるのに難しい自然の要害に恵まれていたことがいえます。ダビデがこの町を攻め取ろうとした時も、この町に住んでいるエブス人は、その試みが徒労に終わると皮肉を込めて、「お前はここに入れまい。目の見えない者、足の不自由な者でも、お前を追い払うことは容易だ。」(6節)といいました。しかし、ダビデはこの難攻不落の町エルサレムを攻め落としました。そして、ダビデはその要害に住み城壁を築き、この町を自分の町とし、全イスラエルの都に定めました。

ダビデがこの町を実際どうやって攻め取ったか、またこの町の先住民をどのように扱ったかは、ここには何も報告されていません。おそらくダビデは彼らに手を触れず、そのまま住むことを許したと思われます。ダビデは征服したカナン人を絶滅せず、王国に編入して行きました。こうしてダビデは、エルサレムを平和の内に支配することに成功したのです。

ダビデがこの町をイスラエルの首都に定めたのは、政治的な彼の慧眼ぶりを示すものとなりました。この自然の要害に恵まれたエルサレムは、ユダとイスラエルの境界線上に位置していました。そして、どの部族にも属していませんでした。それゆえ連合王国を支配するにあたり、王国のパートナーとなるユダもイスラエルも自分たちが蔑ろにされたと感じることはありませんでした。

それゆえこの町をダビデ自身が支配する王の町としてから、ダビデはその勢力を増し、その王権の基盤を強化することができました。

全イスラエルの王となり、エルサレムを征服し繁栄するダビデについて、『主は彼と共にいる』といわれています。神はその約束のゆえに歴史を支配し、人の意思もその計画のもとへとダビデと共にあって導かれます。

こうしてダビデの王としての名声は、イスラエルの国全体に及ぶだけでなく、広く国外にも轟きわたることになりました。ダビデの下にはティルスの王ヒラムも使者を派遣し契約を結びました。彼は建築の知識に精通し、豊かな森を持つレバノンの支配者でありました。この有能な大工を数多く擁していたフエキニア人は、ダビデの計画の重要な協力者となりました。サムエル記の記者は、この事実を示すことによって、ダビデが諸外国の王たちからも尊敬を受け、承認を受ける王となったことを明らかにします。そして、ダビデ自身は、その王権のゆるぎなさが、主の祝福によることを確信していることを明らかにします(12節)。

しかし、このダビデの王の就任をすべての周辺の国が喜んだわけでありません。ペリシテ人はかつてダビデと友好的な関係にありましたが、ダビデが油注がれてイスラエルの王となった問いう知らせを聞いて、ダビデの命をねらって攻め上ってきました(17節)。ダビデはこのペリシテ人と向え討つべきかどうか主の託宣を求めました。この新しき全イスラエルの王は、サウル王と違って、常に主の託宣を求めてその戦いに臨んでいます。主なる神は、託宣を求めるダビデに常に応え、ダビデに勝利を与えています。バアル・ペラツィムで敗北したペリシテ人は偶像を捨てて逃げて行きました。真の神がダビデと共にあり大勝利をもたらしました。この勝利は、この国の事態を切り開くのは主なる神であり、新しき王ダビデがいつも主を求め、その託宣にしたがって行動するかぎり、主が共にいて、いつも勝利をもたらすことを明らかにしました。そして、ダビデのようにいつも主の命じられたとおりに行動するものと共に主はいまし、その人生を勝利に導かれることを明らかにしています。

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