ヨシュア記講解

10.ヨシュア記10章1節-43節『南部での勝利』

ヨシュア記10章までの物語は神の救済行為という大きな文脈の中に組み込まれていますが、多くはまだ目標への途上の段階です。10章は全体的行動を叙述しようとしています。しかもその終幕を示しています。40節には土地の表示があり、41節の地理的記載はベニヤミン族の領地から南に延びる地域がはっきりと記されています。42節は総括的記述が見られ、すべてが征服されたことを強調しています。10章全体を通して、「一人も…ない」「一人も残さず」「ことごとく(すべて)」という語が一つの役割を果たしています。つまり、これまでベニヤミン族の中で少しずつ段階的に生じたことが南パレスチナ全域に広がった様が示されています。

その際、際立つのは、ヨシュアの参与とそれを補足するイスラエルの言及です。ヨシュアは全イスラエルと共に土地を征服し、それによって、土地取得は全イスラエルのものとなったと理解されています。土地はすべて民のものであるが、土地を占領するのはイスラエルの神、主(ヤハウエ)であることがはっきりと示されています。ヨシュアは神の意思を遂行するものでしかありません。それゆえ、これらの戦いには幾度も「聖絶」への言及が見られます。それによって明らかにされているのは、土地は主によって聖別されたものであるという事実です。

本章は、「エルサレムの王アドニ・ツェデク」の名から始まり、聖書中で最も重要なエルサレムへの言及が初めてここに現れます。この町の名はエジプトの呪詛文書やアマルナ文書の中にも既に知られています。アドニ・ツェデクの名は、ギリシャ語七十人訳では「アドニ・ベツェク」と訳され、士師記1章では、「アドニ・べゼク」と呼ばれていますが、同一人物と考えるべきでしょう。
3節に記されるヤルムト、ラキシュ、エグロンという場所は「丘陵地」(シェフェーラー)を指し、ユダの中央山脈の斜面を意味します。これらの場所の中でラキシュが最も重要で、後にネブカドネツァルによって征服され(エレミヤ34:7)。レハブアムの時代には要塞であり、アマルナ時代(前14世紀)には既に重要な町でありました。

「山地」(6節)は、その後イスラエル人が居住する領域の一般的な表現となります。7節は、ヨシュアが率いる部隊の強力な戦闘能力について告げていますが、主が戦いの勝利をあらかじめ決定しておられることを明らかにしています。この地を占領するのは神ご自身であり、イスラエルはそれを所有しさえすればよいのであり、ヨシュアとその人々の戦闘意欲は、根本的には信仰の従順にほかならないのです。

9-10節に叙述されていることは、ヨシュアによる夜間の進軍による奇襲で敵に大打撃を与えたということですが、実際には、神の励ましにヨシュアが鼓舞され、しかも、主が敵を混乱に陥れて勝利がもたらされたということです。同様の表現は、葦の海でエジプト軍がヤハウエによって混乱に陥った(出エ14:24)、ことに見られます。ここでの敵の敗走経路はサウルのギブアからギブオンを越えてベト・ホロンに至る古い街道と一致しています。ベト・ホロンの坂道からアゼカまでは直線距離にして30キロあり、そこからマケダまでの距離もそれとさほど違わない、と言われますが、マケダがどこに位置するかははっきりと書かれていません。

11-14節には、主の介入による勝利の奇跡性を強調する記事が記されています。アゼカに至るまで雹が降ったこと、ギブオンとアヤロンの谷での太陽の奇跡は、日がとどまり、その時間が延びたことにより、勝利をものにすることができたことを物語っています。

10章の「五人の王征服物語」は、時代の異なる色んな層の伝承が縫合されて叙述されています。それを、講解の中で述べることは簡単ではありませんし、さほど意味があるとは思えませんので、詳しく踏み込むことをしません。14節の「主がこの日のように人の訴えを聞き届けられたことは、後にも先にもなかった。主はイスラエルのために戦われたのである」という言葉は、戦いの勝利が主によってもたらされたものであることを強調し、私たちの信仰の歩みというのは、結局のところ、主の導きによる勝利の行進をする歩みでしかない。しかし、その歩みは揺るぎない世に対する戦いの勝利であることを示す点において、重要な示唆を与えてくれていることを理解すべきでしょう。

そもそも五人のアモリ人の王たちの伝承はマケダ伝承に由来すると言われています。27節ではっきりとそれは証明され、「入口の大きな石」が「今日まで残っている」ことがその証拠として裏書きするものであることを示しています。

16-27節の五人の王の物語で注目されるのは、三つの特徴的形式です。第一に、すべての敵をイスラエルの手に渡したヤハウエの先導が強調され、イスラエルのすべての敵に下されるしるしとなっている点です。第二は、ヨシュアとの結びつきであって、彼はマケダに宿営を設けています。28節はこのことと関連し、ヨシュアによるマケダの占領が、五人の王たちに対する処置の前に完了したことをほのめかしています。エフライム人ヨシュアがユダの領域にまで手を伸ばしていることは、ヨシュアをすべての民の指導者として見るヨシュア記の叙述に一貫して見られることです。第三の特徴的形式はすべての民(全イスラエル)の参与です。

29―39節に、町々の中にマケダは含まれていませんが、五つの堅固な町、リブナ、ラキシュ、エグロン、ヘブロン、及びデビル取得のために重要な役割を果たす条件として前提されています。王の殺害は、ラキシュとエグロンには触れられず、他の三つの町の場合にのみ言及されています。従ってマケダの洞くつで命を失ったのは唯一ヘブロンの王です。ゲゼル(33節)は、今日のナムレーの南東に位置する強大なカナン都市ですが、地理的に遠く隔たっています。しかも、町が占領されたとも記されていません。この記述も本来別の伝承に由来するものであることを示しています。

40―43節は、南パレスチナ全域がヨシュアの軍事活動に関係することを強調しようとしています。「土地」は、エルサレムとヘブロンに属する山地、南のエグロン、デビルに至る南部地域(ネゲブ)、山地の西側に隣接しヘブライ語で「低地」を意味する「丘陵地」、さらに山地の東側斜面と思われる「傾斜地」に分かれています。ここで全体として編集者の頭に浮かんでいるのは、後のユダ族の領域か、或いはユダ王国の領地です。41節には、荒野の聖所カデシュ・バルネアからペリシテ人の重要都市ガザを経てギブオンに至る経路が記されています。ここに記されるゴシェンは、エジプトの地ではなくユダの地名としてはここ以外知られていません。

注目しなければならないのは、すべてがベニヤミンの領域から始まっていることです。エリコ、アイ、ギブオンはベニヤミン族の領地であり、ギルガルとギブオンの高き所とはベニヤミン族の聖所であります。「ヨシュアがただ一回の出撃でこれらの地域を占領し、すべての王を捕らえることができたのは、イスラエルの神、主がイスラエルのために戦われたからである」(42節)という叙述は、この書を読み理解するための重要な視座を私たちに与えてくれます。神に選ばれた共同体イスラエルの戦いは、「イスラエルの神、主がイスラエルのために戦われた」その闘いに参加することであり、それは、信仰による勝利の進軍を従順という行為においてのみなし得るものであるということを理解することこそが、今という時代に生きる私たちに求められていることです。

旧約聖書講解