サムエル記講解

48.サムエル記下16:15-17:23『アヒトフェルとフシャイ』

ここにはアブサロムがヘブロンで顧問官として迎え入れた元ダビデの顧問官であったバト・シェバの祖父アヒトフェルと、ダビデの友であるフシャイが、ダビデの要請を受け、アブサロムの家臣となり、その知恵と対決する知恵比べが物語られています。

15節にアブサロムが兵士を率いアヒトフェルと共にエルサレムに入場したことが記されています。ダビデはそれより前に彼との戦いを避けて、エルサレムを後に逃亡していましたから、アブサロムは無血入場し、そこで新しい王として迎え入れられたことになりますが、サムエル記の著者は、アブサロムが正式に王に就任したとは記していません。しかし、彼と時同じくしてフシャイがエルサレムに入り(15:37)、アブサロムのもとに行き、彼が王となったことを認める行動を取ったことを記しています。その場合、フシャイのことを「ダビデの友」と記し、彼がそのような行動をとっている時も、彼がダビデの友であり続けることを明らかにしています。サムエル記の記者は、アブサロムをエルサレムで最初に王として迎え入れた人物は、ダビデの友フシャイであったことを記し、これを非常に大きな皮肉な出来事として描いています。

誰もがダビデにもっとも信頼されていた友と認めていたフシャイが、アブサロムを「王様万歳、王様万歳」といって、エルサレムにとどまって迎え入れたことは、アブサロムには大きな驚きでありました。フシャイはこのようにして、アブサロムに恭順の意を表しました。しかし、アブサロムはフシャイのそのような行動を始めからもろ手を挙げて喜んで受け入れたわけでありません。むしろ、「お前の友に対する忠実はそのようなものか。なぜ、お前の友について行かなかったのか。」(17節)といって、フシャイのこれまでの人々の評価と立場を辛らつな言葉で皮肉り、その行動の矛盾を指摘し、その行動の真実さを疑っています。

ここでアブサロムにその行動が信用されないままで終われば、ダビデから頼まれた「アヒトフェルの助言を覆す」(15:34)ことはできなくなりますから、フシャイは巧妙にその知者ぶりを発揮します。フシャイは王の嫌疑と皮肉に対し、 「いいえ。主とここにいる兵士とイスラエルの全員が選んだ方にわたしは従い、その方と共にとどまります。それでは、わたしは誰に仕えればよいのでしょう。御子息以外にありえましょうか。お父上にお仕えしたようにあなたにお仕えします。」(18-19節)と答えています。このフシャイの答えには、イスラエルの王の選定に対する不可欠な条件二つをあげ、アブサロムが王にふさわしい人物であることを明らかにしています。その条件とは第一に、主の選びによる指名です。第二に、民の賛同です。フシャイは、アブサロムが選ばれたこと自体を自分がどう考えるかについては一切論評せず、ただ自分の転向の理由を、新しい王がこの二つの理由で正当性をもつという事実に結び付けて述べ、正当な王であれば、父に仕えていたように自分がその息子に仕えるのは当然である、と主張しています。この言葉によって、フシャイがアブサロムに受け入れられたとはっきりと述べられていませんが、彼が受け入れられて、王の「顔の前で」仕える家臣の一人となりました。これによって彼は、自分の主君であるダビデのために働く根拠を得ることに成功しました。

しかし、そのチャンスが直ちに来たわけでありません。アブサロムにとって信用できる第一の知者は依然としてアヒトフェルでした。アブサロムはエルサレムで王として第一にすべきことは何か、その答えをフシャイではなく、アヒトフェルに求めました(20節)。

アヒトフェルが若き王に助言した最初の公的行為は、先任の王のハレムを差し押さえるというものでありました。この助言は、先任者が異民族であったり、異なる氏族や家族のものである場合、他の国においてもごく普通のこととして行われていたものであるので、驚くほどのことではなかったかもしれません。しかし、その先任者が同時に父親であることが、その行動の妥当性が問題となります。自分の父の側めと関係したルベンは、それによって呪いを受け(創世記35:22、49:3-4)、長男の権利を失うことになりました。サムエル記の記者は、ここでのアブサロムの行為を、否定的評価を受けるものとしてこれを報告しています。アヒトフェルの悪賢い知恵による助言に基づく、アブサロムのこの行動は、神の法と人間の法を踏みにじるものとして、人々の記憶に残るようここに報告されています。彼が公然と人目につくところで行ったこの行為は、イスラエルの王にふさわしくないものとして人々の記憶に残りました。アヒトフェルの助言は、その孫娘バト・シェバに対するダビデの仕打ちに対する復讐の思いが含まれていた可能性があります。

しかし、こうした人間の愚かな知恵や行為も主の計画の中にあることであることをサムエル記は明らかにしています。ダビデの罪を裁く主の方法としてこのようなことが起こると預言者ナタンによって告げられていたことが(12:11-12)、ここで実現しているからです。とはいえ、アヒトフェルの助言は預言者の神託のように人々の評価を受けていたと言われています。

そして、アヒトフェルはアブサロムに、直ちに自分に1万2千の精鋭部隊を選ばせ、その部隊を率いて今夜の内にダビデを追跡させて欲しいと申し出ています(17章1節)。王が側女たちとの一件で忙しくしているので、自分が指揮を取ってダビデを追撃して討ちとるというのです。アヒトフェルは、長年緊密に協力し合いながら仕事をして来たので、ダビデという人間を熟知していました。彼は、ダビデが妻子たちを連れているので、すばやく行動できないことを見ぬいていたかもしれません。そこで夜襲をかければ、驚いた兵士たちは逃げ出し、ダビデ一人を仕留めることが容易にできるというのです。そうすれば兵士全員を連れ戻すことができ、国の平和が直ちに回復できるというのです。

アブサロムはこのアヒトフェルの助言が適切なものかどうか、長老たちを集め、その判断を求めました。この言葉はアブサロムにもイスラエルの長老全員にも正しいものと映ったといわれています(17:4)。もしこのアヒトフェルの提案がそのまま通っていたならば、ダビデの命は危機にさらされていたかもしれません。この重大な決定をする議会にフシャイは出席することが許されていなかったのでしょう。

しかし、アブサロムはこの重大な決意を固めるのになお不安を感じたのか、彼はフシャイも呼んでその意見を聞いてみることにしました。フシャイは一人アブサロムに謁見を許され、アヒトフェルの提言についてアブサロムから意見を求められました。

フシャイは弁舌巧みにアヒトフェルの提言が良くないことを述べます。彼の発言の意図は、ダビデのために時間稼ぎを可能な限りすることにありました。それゆえアブサロムの耳に説得力ある方法で適切な比喩を用いて、知恵に長けたダビデがこれらアヒトフェルが考える奇襲をいかに潜り抜けるかを語ります。この最初の攻撃に失敗すると、アブサロムの兵士が打ち負かされたと考え、弱気になり、士気に影響し、上手く行かないといいます。

そして、フシャイはアブサロムに、ダビデを捕まえるのに一番時間のかかる一番効率の悪い方法を、一番優れた方法であるという印象を与えるように実に言葉巧みに提言しました。その提言は冷静に考えれば、アヒトフェルの提言よりも非効率的で、現実性の乏しいものであったものであるのに、この熱情的な語りぶりに感化されたアブサロムはその提言の虜になります。何より若いアブサロムは、ダビデ討伐の指揮を高齢のアヒトフェルが買って出たことに一抹の不安を感じていたかもしれません。そして、そのような不安疑いをもつ心に、自分に指揮を取れというフシャイの提言は、若い王子の虚栄心をくすぐるに十分なものでありました。

アブサロムはこのフシャイの提言について、アヒトフェルの場合と同じようにイスラエルに長老たちに意見を求めました。その結果は、「アブサロムも、どのイスラエル人も、アルキ人フシャイの提案がアヒトフェルの提案にまさる」との判断がくだされ、「アヒトフェルの優れた提案が捨てられ」ることになりました。しかし、サムエル記の著者は、この判断が主の支配のもとになされたことを明らかにします。「アブサロムに災いがくだることを主が定められたからである。」(17:14)という説明句がそれを物語っています。

これらの事柄を支配し導かれるのは主です。その心を聖霊が支配し導かれます。人の協議の場に見えざる主の支配が現され、人の計画が人の思い通りではなく、主の御心が現れて行く様をここに見ることができます。アヒトフェル、フシャイ、アブサロムらの背後に、実は主が立っており、主がダビデの家の歴史において約束したことを実現するように導いておられます(サムエル記下7章)。

フシャイは自分の提言が受け入れられたことを見定めて、ダビデと予め討ち合わせていた通り、その内容を祭司ツァドクとアビアタルに告げ、急いで使者をダビデのもとに遣わすよう告げます。

使者としてアビアタルの息子ヨナタンとツァドクの息子アヒマアツとが予め選ばれていました。彼らは、見つからないよう都から離れたエン・ロゲル(エルサレムに近いケデロンとヒンノムの谷の合流点にある地下水の泉)にとどまっていました。この二人に知らせる役は名も記されていない女性ですが、彼女は水場に水を汲みに行くような姿で、彼らに知らせに行ったのですが、その光景を一人の若者が目撃し、それをアブサロムに知らせました。幸い目撃されていることを一人が感づき、二人は急いでそこを立ち去り、バフリムにある知人の男の家に駆け込みました。そこはダビデを罵ったシムイ(下16:5)の一族の住んでいた村ですが、ダビデに支持者もいたのでしょう。この伝令の二人を隠すことができるところは、井戸だけでありました。この井戸は地下水が湧く泉の井戸ではなく、単なる貯水用の浅い井戸であったと思われます。その家の男の妻は、しっかりとした蓋かござでその上を覆い、その上で脱穀した大麦を広げて乾かしているように見せました。アブサロムの部下が彼女の所にも来て二人の行方を尋ねましたが、彼女は、「ここを通り過ぎて川のほうへ行きました」と、逃げようとする方向とは逆の方を教え、二人は危険が去ったころあいを見計らって、ダビデのもとへ向けて急ぎました。はらはらするような場面ですが、実に見事にこの危険を脱して、二人はダビデにその伝言を伝えることに成功します。ダビデは二人のもたらす伝言を聞き、直ちに夜の内に同行した兵士全員とヨルダン川を渡ることに成功します。

アヒトフェルは自分の提言が採用されなかったと知ると自殺を決意し、それを実行しました。それは、自尊心が傷ついたからという理由だけでなかったように思えます。サムエル記の記者は「アヒトフェルの優れた提案が捨てられ」(14節)と記していますので、アヒトフェルは自分の提案が捨てられた段階で、アブサロムに勝ち目がないとその知恵で判断し、自分の命もダビデの勝利の後危険になり、無残な死を覚悟しなければならないことになるのを感じ、そのような選択をしたのかもしれません。

アヒトフェルのこの最期は、アブサロムの最期の前奏曲です。アブサロムは王としてエルサレムに滞在できたのは、短時間に過ぎません。アブサロムがもしアヒトフェルの助言を受け入れて、直ちにダビデを追撃していれば、それはさらに短かったかも知れません。あるいはことによると、ずっと長くなったかもしれません。その見方は人間の歴史としては謎です。アブサロムはアヒトフェルの助言を退け、フシャイの助言を取り入れ、ダビデ追撃に多くの時間をかけることになりました。その遅延を含め、これら一連の出来事は、ダビデが主によって優位を占め、アブサロムがダビデの王位を継ぐにふさわしくない人物であることを明らかにしています。その王位継承者となるのは、アムノンのように自制心のきかない性的人間でもなければ(下13章)、アブサロムのような王位簒奪者でもない、ことをサムエル記は明らかにしようとしています。そのような試みがなされても、「災いをくだされることを主が定め」その王国と主の約束の危機を、主が守られます。この人間の野心が渦巻くなか、主の御心だけが硬く立つ事実を見る信仰の大切さを、サムエル記の記者は記しています。アブサロムの失敗は人間の判断の誤りという以上に、神の導きに委ねない人の計画に対して下される、神の意志に基づく失敗のしるしとして記憶にとどめるべきものとして記されています。

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