エレミヤ書講解

35.エレミヤ書22章10-19節 『ヨアハズとヨヤキムに関する預言』

ここにはユダの二人の王に対する預言の言葉が記されています。最初の10節から12節には、ヨアハズに関する預言が語られ、13節-19節にヨヤキムに関する預言が語られています。

この二人の王は、いずれもヨシヤ王の息子でありました。ヨシヤ王は15、16節において明らかにされているように、質素な生活をし、主の御言葉を忠実に聞き、正義と公平を持って民を治め、民は、この王が統治する間、幸いであり、王は民から尊敬されていました。

しかし、ヨシヤ王はエジプトのファラオ・ネコとの間で戦われた前609年のメギドの戦いで戦死しました。

当時、地方の土地を持つ自由民である「地の民」(アム・ハー・アレツ)といわれる人々がエルサレムのダビデ王朝を助けていましたが、彼らは、エジプトのファラオ・ネコの同意を取りつけずに、ヨシヤ王の息子ヨアハズを王位に就けました。しかし、ヨアハズは僅か3か月ほど支配した後、ファラオ・ネコによってオロンテス河畔にあるリブラ(ファラオ・ネコの本営)に一旦幽閉され、その後、エジプトに連れて行かれ、そこで二度と故郷のエルサレムを見ることなく死にました。ネコがなぜこのような厳しい措置を取ったかは不明ですが、この措置は、ヨシヤ王の国家拡張政策を壊滅させようとするネコの政策に沿って行われたものであると推測することができます。メギドの戦いにおける勝利の後、ネコはシリア・パレスチナの盟主として振る舞っていました。しかし、ヨアハズが彼の同意を得ずにユダの王に選ばれたのは、ユダがヨシヤの自由な政策を続行しようとしているのではないかというネコの疑念を生じさせることになり、ネコはヨアハズをリブラに幽閉し、ユダには罰金として高い科料を課し、ヨシヤのもう一人の息子エルヤキムをユダの王に据えました。そして、自分が宗主権を持つことを明らかにするため、彼の名をヨヤキムと改名させました。こうしてユダの国民的な自由の希望への期待は葬り去られました(列王記下23章31-35節)。

ここに記されたエレミヤの預言の言葉は、こうした事情を背景に語られています。ユダの民は、依然として、メギドの戦いにおける敗戦のショックから立ち直ることができず、この戦闘で死んだ敬愛する王ヨシヤの死を悼んでいました(15、16節)。しかし、エレミヤは、そのような嘆きをやめよ、と語ります(10節)。死んでしまった王のことを嘆いてみたところで何にもならないからです。むしろ嘆くべきは、エジプトへ引いて行かれた王のためであると語ります。なぜなら、ヨアハズは再び帰って生まれ故郷のエルサレムを見ることはないからである、とエレミヤは語ります。ヨアハズはそのように捕囚として恥辱の中で死ぬことになるからです。しかし、捕囚としてエジプトに連れて行かれたヨアハズ王が帰還して、それによって事態が好転するという楽観的な見通しを立てていた人々が多くいました。エレミヤはその事を知って、その見通しが誤りであることを認識させるために、いっそう厳しい言葉で、「彼が再び帰って、生まれ故郷を見ることはない。」(10節)と語りました。この二人の運命には、生き残る者の運命の方が死者の運命よりも遙かに過酷であるという、やがて現れる国民的破局にともなう恐るべき真理が映し出されています。もっともエレミヤ自身は、これらの言葉の中に、二人の王の名を告げていません。しかし、エレミヤと同時代の聴衆には、それが誰のことをいっているのか自明でありました。

11-12節は、エレミヤの書記をしていたバルクによる補足的説明であると思われます。シャルムとは即位後のヨアハズの通称でありました。エレミヤの言葉とその書記バルクの言葉は、いずれも、これらの悲しい事態が現実の政治的駆け引きから起こったと説明するのではなく、神の啓示に基づいて語っております。そこにこの事態を真剣に受け止めねばならない理由が示されています。しかしまた、この言葉全体に流れる悲しい基調は、神によって下されたこの破局の中で、エレミヤ自身がどれほど大きな痛みを覚えて語っていたかをも明らかにしています。
ヨアハズが再び帰ることはないということは、エジプトのファラオ・ネコの支配が続くということを意味していました。そして、残った民はファラオの傀儡王ヨヤキムの悪政に悩まされることになります。彼は、父ヨシヤに似た懸命な王ではありませんでした。

エレミヤはこの王に向かって非常に厳しい批判を13-19節において行っています。主は、エレミヤに、イスラエルとユダ、および諸国について、エレミヤを通じて語ってきた言葉を残らず書き記すように命じました。そうすればユダが悔い改めるかもしれないと期待したからです。エレミヤはこれを書記のバルクに口述筆記させることによって、巻物として残しました。このときエレミヤは主の神殿に出入りすることを禁じられていましたので、断食の日に、その巻物を神殿に集まった人に読み聞かせるようバルクに命じました。バルクはエレミヤに命じられるままこれを行いましたところ、王宮に大変な反響を及ぼすことになりました。直ちにヨヤキム王のところにそれが伝えられますが、その際、王の役人たちは、バルクがなぜそのようなことを行ったのか理由を聞き、エレミヤに命じられて書き記したことを告げると、「あなたとエレミヤは急いで身を隠しなさい。だれにも居どころを知られてはなりません」(エレミヤ書36章19節)といって、彼らが王の手によって殺されないように守ろうとしました。エレミヤが書記のバルクに命じて記させ、エルサレムの神殿で朗読された巻物は、書記官エリシャマの部屋に納められていましたが、王はその巻物の存在を聞かされると、ユディを遣わしてそれをとってこさせ、彼に命じて自分の前で朗読させ、それを聞いた後、巻物を朗読し終わったところからナイフで切り取っては、暖炉の火に投げ込み燃やしました。王はそれを燃やさないように訴える側近たちの声を無視して、その行為を実行し続け、さらにバルクとエレミヤを捕らえるようにと命じさえしています。ヨヤキムはこの預言者を危険な敵と見なし、迫害し沈黙させようとしていたのです(36章1-27節参照)。しかし、王の役人や多くの民がエレミヤの側についていたので、ヨヤキム王はエレミヤを完全に沈黙させることはできませんでした。

ヨヤキム王は、民全体がファラオへの高い貢納のため苦しんでいたのに、民の苦しみをいっさい顧みず、自らの願望の実現のために、贅沢な王宮建設に民を調達し強制労働させ、労賃を支払わず、不正な権力行使によって財産を没収して、その王宮を完成させました。王といっても、実質的な支配権を持たないエジプトの傀儡王でしかないのに、ヨヤキムは、外国の王がするように立派な王宮建設に異常な情熱を燃やしました。ヨヤキム王は、外国の強大な専制君主のように壮麗華美な王宮を造り、そこに住むことによって、王としての威厳と権威が保たれるという幻想に取りつかれていました。

エレミヤは15-17節で、この王に向かって、正しい王となるために必要なのは、父ヨシヤ王に見習うことであると教えます。エレミヤは、王を王たらしめるのは、その生活振りではなく、貧しい者や乏しい生活者を保護することによって保たれる公正と正義の感覚であるということを語ります(16節)。

旧約の王権の本質と課題は、宗教的な意識の深さから成育されます。預言者エレミヤはこの事を念頭に置きつつこれらの言葉を語っています。

しかし、ヨヤキム王にはそういう宗教的な感覚が欠如し、我欲に満ちた凶暴な権力者として民を不当に虐げるばかりでした。

これに対してエレミヤは主の言葉を告げ、思慮を欠いた専制君主のためには、彼が死んでも、誰も悲しみはしないし、王としての品位にかけるこの王を人間の品位をかけて埋葬するものもいないと告げます(18-19節)。

ヨヤキムがいかに人々に愛されていなかったかということは彼の死に際して明らかになります。誰も、彼の家族も家臣たちさえも、彼の死を嘆かないからであると言います。誰も嘆かないだけならまだしも、余りにも嫌われているヨヤキム王は、埋葬されることすらないと言われています。ろばは死ぬと、葬られることなく、その死体は町の外にある皮剥ぎ場や野に捨てられ、腐敗するままに放置されます、その死体は腐肉を食らう動物の餌食となります。人々は、王の死体をそのように扱うであろう、というのであります。このエレミヤの預言が文字通り成就したかどうか確かめることはできません。列王記下24章6節には、「ヨヤキムは先祖と共に眠りにつき」と報告されています。

しかし、神との契約義務を果たさない王に下される神の審判の厳しさを語るこのエレミヤの言葉は、その事が実際どうであったか不明だからと言って価値を失うことがありません。主の御心を第一としない王は、このように棄てられるしかないのです。厳しい言葉のようですが、その現実を見定めて、読者には主の言葉を聞くことの大切さを学ぶことが求められています。

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