エレミヤ書講解

22.エレミヤ書13章1-11節 『帯のたとえ』

13章に集められている預言は、「傲慢」という主題の下に編集されています。エレミヤは、ここで様々な側面から、民の誤った安心感や妄想による自惚れと戦っています。13章の預言の言葉は、すべて同じ時期に語られたものではありません。しかし、この編集配列の中に、預言のメッセージの豊かな面を見ることができます。

1-11節の「帯のたとえ」は、エレミヤの個人的体験に遡る物語であると思われます。しかし、その体験が実際に起こった出来事であったのか、それとも預言者の内面における幻としての出来事だったのか、確定することはできません。この体験が仮に預言者の夢の中における出来事であったとしても、それが現実としての価値が失われるともいえません。なぜなら、その夢自体、神の啓示の手段であるかぎり、それは神から出た現実としての価値があるからです。また、イザヤやホセアなどに見られる預言者の象徴行為を考えると、このような帯のたとえに見られる象徴行為は有り得ないということはできません。

しかし、エルサレムから1000キロ以上も離れたユーフラテス川にエレミヤが二度も旅をすることには、疑問が残ります。エズラはこの距離を行くのに百日以上を要したと報告しています(エズラ7:9)。そのため、これはユーフラテス川のことではなく、エルサレム近郊の地のことが考えられているのではないかと見る学者もいます。ユーフラテス川と訳された語「ペラース」は、旧約聖書の他の箇所ではユーフラテス川をさす語です。ですから、これ以外に考えられないので、これをエレミヤにおける幻が物語の体験的な背景にあると見なすのが良いという見方が有力だと思われます。しかし、象徴行為が聞く者に預言として強い印象を与えるのは、それを聞く誰かがエレミヤと一緒に行ってそれを確かめうる場合です。だから、問題の場所は、アナトトの北4乃至5キロのところにある「 ペラース」であると主張する学者がいます。そのアナトトのペラースという場所が選ばれたこと自体、その名がユーフラテスと同じであるから、この預言がユーフラテスの象徴としての意味を持つというのです。どちらの意見にも一長一短があります。アナトトの北に「ペラース」といわれる川があったという事実は確認されていません。だから、ここではこれをエレミヤ幻視体験として理解していくことにします。

さて、この物語においてエレミヤは、ヤハウェの立場を代表しています。彼の象徴行為は、彼が告知しなければならない神の言葉と等しい、否、ことばによって言い表すよりもさらに強烈な感覚的印象によって、深刻な事態を描き出しています。この物語を第1回バビロン捕囚以前のものと理解するのか、あるいはそれより後の時代のものと理解するかによって、このような過去を振り返る描写が1節から2節までなのか、それとも5節まで及ぶのか、という解釈上の相違が出てくることになります。

この場合、「麻の帯」は契約の民を表す象徴として用いられています。体に密着するこの帯を買い、腰に締めることは、11節によれば、主(ヤハウェ)に対する神の民の契約と密接に関連付けられています。主の身体にぴったりと結び付けられた帯は、契約においてヤハウェの民として結び付けられたイスラエルであり、ユダでありました。そして、彼らは契約の民としてヤハウェの名声、栄誉、威光を示すものとして、期待されていました。それは、主の言葉に聞き従うことにおいて表されるべきものでした。「しかし、彼らは聞き従わなかった。」ここに避けることのできない主の審判の理由が明らかにされています。

帯は、エレミヤが締めている間、水に浸してはならないという命令については、種々の解釈が可能です。それは、この本文において明確に語られているわけではありませんが、帯が後になってユーフラテス側の水によって朽ち果てるということを言いながら、しかしかつては様々な危機に際して民は神によって滅亡から免れる神の守りを経験することができたことを示唆しているという解釈があります。もう一つの解釈は、帯は水で洗われることなく次第に汚れていったことを語り、そのような民の罪にもかかわらず、神はこの民を長い間忍耐し担ってきたことを表わす比喩であるとするものです。いずれの立場を取っても、神学的には神の忍耐の偉大さを強調する点で同じです。

4節の帯をユーフラテス川の岩の裂け目に隠せという神の第二の言葉には、バビロン捕囚のことが暗示されています。しかし、この箇所には、捕囚それ自体が強調されることはなく、むしろ、捕囚が何の注釈もなしに、一つの事実として簡潔に受けとめられているように思われます。物語の重点は明らかに、預言者が二度目にユーフラテス川に赴いて、朽ち果てた帯を再発見することに置かれています。従って、1、2節同様ここにおいても、既に起こってしまった出来事がそのまま単純に取り上げられていると思われます。つまりここでは、前597年に行われた第1回バビロン捕囚は少なくとも既に起こった過去の出来事として眺められています。そして、その最初の現実的破局が神の民にとって何を意味するのか、という問いがエレミヤの中で呼び覚まされ、彼の幻体験の内面を形成したと考えられます。しかもこの問いは、エレミヤの内面において静まることはなく、27-28章、29章以下にみられるように、彼をして種々の発言をなさしめています。

6節の「多くの月日がたった後」という言葉は、捕囚の期間が長いことを暗示しています。そして、「多くの月日がたった後」語られる神の第3の言葉において、物語は頂点に達します。ユーフラテス川に行き、隠してあった帯を取ってくるようにとのヤハウェの命令の中に、民を捕囚から再び帰還させようとする神の意思が表明されています。しかし、エレミヤがこの神の命令を遂行することによって発見する事実は、彼の期待したのと裏腹なものです。そして、この新たな事実の認識が、エレミヤに、民は捕囚の間に滅び行き、「全く役に立たない」という認識をもたらします。ここでは、神の働きかける行為に、そして既に起こった出来事を回顧する行為の中に、将来起こる出来事が展望されています。人を愕然とさせるエレミヤのこの認識こそ、同時に、強烈に働きかける未来預言であることを見落としてはなりません。

明らかに、この物語全体の照準は、この未来預言におかれています。8-9節において、この点に関する神ご自身による説明がなされています。神の説明によれば、ユーフラテス川で帯が朽ち果てたように、神はその民を捕囚において破滅させるであろうということです。それは、傲慢な選びの民の終焉となるということです。これは明らかに一つの預言でありました。捕囚後の時代に、捕囚民の一部がエルサレムに帰還致しましたが、そこで成立した体制は、政治的に見ても、社会学的に見ても、それまでの契約に基づく、イスラエルの民と異質なものとなってしまったということにおいて、これは歴史的に成就してしまった預言ということができます。

この物語を閉じる10、11節は、その破局の原因を明らかにし、神に対して心を閉ざし、異教の神々へと堕してゆくこの民の頑迷さは、捕囚という破局によってさえ克服されることがない、といわれます。この点に関して多くの注解者たちは、民の堕落の原因は、メソポタミア文化の影響を受け、本来のヤハウェ祭儀の土壌から遊離し、異郷化していったことにあると見做します。確かに、そういう側面が全くなかったということはできませんが、それは事柄の正確な認識ということもできません。

最後の節は、そのような見方をきっぱりと否定します。神は自ら民を選び、この民が神の飾りまたは誉れとなるように、神の名が神の民の名と結びついて存続するように、契約によってこの民をご自身に「しっかりと着け」られたのです。しかし、この民は傲慢のゆえの不従順によって、不適格なもの、選びにふさわしからぬものであることを自ら証明しました。それゆえ、彼らは神の救済計画にとって無用なものとなってしまったのです。ここにおいて歴史的にも救済史的にも一筋の道が終焉することになります。しかし、バビロン捕囚におけるイスラエルの終焉が神の道の終焉、神の救済の道の終焉ではありません。ここでは、ただ神はイスラエルの不従順によって、御言葉に聞かない者の救いの道の終焉の事実のみを語られるのです。真のイスラエルとは何か、それは、神の言に耳を傾け、これに聞く民ではないか、という神の問いがこの審判の中でこだましています。この事実を真摯に受け止めるとき、捕囚において「腐り、まったく役に立たなくなっていた」その中でも、神の言葉に立ち返り、救いへの希望があることを見出すことができます。「しかし、彼らは聞き従わなかった」という事実を、審きの根本原因として直視し、捕囚の地のどん底で、「しかし、彼らは聞き従った」という救いへの道、希望が残されていることを、この預言はなおも示しています。神の恵みによる聖霊の導きにより新たにされた心で、神の言葉に聞き従う新しい民が起こされるために、この傲慢な不従順な民は滅ばねばならなかったのです。

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