士師記講解

15.士師記15章9-20節『イスラエルの見張番』

前節までを要約して繰り返しますと、サムソンはティムナにいるペリシテ人の娘を愛し父母の反対を押し切って、この娘と結婚することが出来ました。サムソンは婚宴の席で祝いの客に謎をかけ、七日のうちにその謎を解く者には、亜麻布の着物三十着と晴れ着三十着を与える。しかし、解けないときには自分に同じ物を与えよという賭を致しました。ペリシテ人の客たちは、この謎がなかなか解けなくて困り果て、サムソンの新妻を脅迫して、もしサムソンからその秘密を聞くことが出来なければ、火で彼女とその父の家を焼き払うと言いました。サムソンの妻は毎夜サムソンに、本当に自分を愛しているならその秘密を教えてほしいと泣き縋って聞きました。サムソンは余りの執拗な妻の訴えにたまりかねて、とうとうその秘密を明かしてしまいました。

町の人々はサムソンの妻から得た情報を下に、七日目にサムソンの所へ行って謎を解きました。サムソンは、それが彼女から得た情報であることを知っていましたので、住民三十人を打ち殺し、彼らからはぎ取った晴れ着を、謎を解き明かした者に与え、妻を父の家に帰してしまいました。

しかし、暫くしてサムソンは帰した妻を恋しく思い、一匹の子山羊を土産に彼女の父の家に尋ねました。父はサムソンが娘を本当に嫌ったと思って、婚宴の客の独りに与えてしまったとので、代わりに妹を妻として貰ってほしいと答えました。この答えを聞き深い心の痛手を受け失望したサムソンは、これまでペリシテ人に好意を持って付き合ってきましたが、その仕打ちに対する復讐を決意しました。ジャッカル三百匹を捕らえ、松明をその尾と尾の間に結びつけて火をつけて、ペリシテ人の麦畑に放ちました。

ペリシテ人は、それがサムソンの仕業であることを知って、サムソンに直接復讐せず、サムソンの妻とその父親を火で焼いて復讐しました。これを知ったサムソンは、その事をした者を取りひしいで、激しく打って復讐し、ユダの領地のエタムの岩の裂け目に住みました。

以上が前節までの出来事の要約です。神はサムソンを召し、ペリシテ人を打つ器として用いようとしておられます。神の器はペリシテ人の娘に恋をし、その事を通して神の御計画が実現していくことが記される、不思議で面白い物語です。サムソンだけでなく多くのイスラエルの人々が、異教の偶像の神々を礼拝するペリシテ人に好意を寄せ、彼らに使えることさえしていました。その事は主に選ばれた民にとって自殺行為に等しいものでありました。神はサムソンの心を捕らえ、彼の生涯を通して御心を明らかにしようとされておられます。サムソンが恋をした女を通し、サムソンに失望と挫折を経験させて、イスラエルにおける神の御手の確かさを明らかにされます。

ですから、これらの物語に流れる表面上の不道徳や罪に目を奪われて、歴史を主宰される主の摂理を見失ってはなりません。サムソンの行動は、ユダに対するペリシテの敵意を生みました。ペリシテ人はサムソンではなく、その復讐をするために、レヒでユダを包囲し攻めたてました。ユダの人々はペリシテ人の攻撃を恐れて、何故、このように攻めてくるのかその理由を尋ねました。それが、サムソンのせいだとわかると、ユダの人々はサムソンに好意を寄せていましたが、ペリシテ人の攻撃が怖かったので、三千人でエタムの岩の裂け目に行って、サムソンにペリシテ人に降伏するように説得しました。サムソンは、決して自分を殺さないと約束させたうえで、新しい綱で縛られて、ペリシテ人に引き渡されることに同意致しました。

こうして、既に自分の妻に裏切られた経験に重ねて、サムソンはユダの民からも見捨てられるという二重の悲しみを経験致しました。全ての人から裏切られましたが、サムソンには、主がともにいました。主の霊がサムソンに臨んで、彼はまるで火のついた亜麻糸のように腕にしっかりと縛られていた綱を断ち切りました。そして、真新しいロバの顎骨を見つけて、それでペリシテ人千人を打ちました。ユダの人々は、主が共にいますことを忘れ、主がユダの人々に送った救助者を見捨てました。

しかし、主はたとえサムソンが独りになっても、彼に千人を独りで打つことの出来る力を与え、彼と共にいますことを明らかにされました(16節)。サムソンはこれまで主から多くの力を与えられ、主の霊の導きを受けていましたが、彼自身が主に祈り、主との交わりに生きることを自覚的に致しませんでした。それでも主は、サムソンの信仰・不信仰にかかわりなく、サムソンに大きな力を与え続けてこられました。

しかし、この時はじめて主は、サムソンに激しい肉体の渇きを経験させました。それは肉体に表された喉の渇きでしたが、サムソン自身、主との交わりの中に自覚して生きていない霊の渇きも経験していました。しかし、悲しいことに、サムソンは自分がどれほど主との交わりの生活に欠けがあり、それ故に霊の渇きを経験しているかを自覚していませんでした。サムソンは、主によって肉体の渇きを経験させられて、主に祈り求めることの大切さを学びました。

その祈りの中で、サムソンは自分に与えられた力が主からのものであり、救いは主から来ることを告白致しました。しかし、今や喉の渇きの故に無割礼の者どもの手に落ちようとしています、と祈りました。神は、このサムソンの祈りを聞き、レヒにあるくぼんだ所を裂き、そこから水を出されました(19節)。サムソンはその水を飲んで元気を回復して生き返ったといわれています。その場所は、エン・ハコレと呼ばれ、「祈る(呼ばわる)者の泉」と言う意味が与えられています。主は、サムソンに、イスラエルとその敵の両方から裏切られ、苦しませ渇きを覚えさせ、主に祈り求めることの大切さ、主との交わりの中で生きることの大切さを教えられました。サムソンが経験したこの信仰生活の基本は、実はイスラエル全体が学ばなければならない信仰の中心でした。

主は御言葉を忘れ、己の好みでこの世の罪人との交わりを重視し、罪の生活をしている者に、試練と飢え渇きを経験させることをなさいます。しかし、悔い改めて主に呼ばわる者に、主は近くいて共にいてくださいます。

主はサムソンにこのように恵み深くあることを示し、二十年間彼とともにおられました。このように二十年間サムソンは、イスラエルをさばくことがゆるされました。サムソンは、このようにイスラエルの見張り番としての主の召しに答えることが出来ました。

主は、ご自身を呼ばわる者の泉として下さるお方です。しかし、主はご自身の愛する者の苦難を通して、そのような方であることをまた示されます。サムソンは、受難の僕となられた主イエスの型です。イスラエルの見張り番は自らの受難を通して、その民に恵みを与えるものとなるのです。イエス・キリストの救いの恵みは、そのようにしてわたしたちに何時も与えられているのです。

旧約聖書講解