ヨシュア記講解

13.ヨシュア記13章1節ー33節『西ヨルダンと東ヨルダンでの土地分配』

ヨシュア記は、1章-12章に、「土地取得」のことが記され、13章―22章は、ヨシュア記の第二の主要部分で、「土地分配」のことを記しています。「土地取得」は、軍事的な部分は征服された王たちの名を記し締めくくられ、今や分配が始まる。これらの分配は、神学的に性格づけられたものであり、実際の歴史はこれとは異なり、かなり錯綜しています。ここでの叙述に用いられた伝承は、国家形成の途上で、その神学的な内実が問われ、解釈されてきました。ここには既にイスラエルのものとなった時代におけるイメージを元にし、諸部族が実際に定住した時の位置で、土地のイメージが、ヨシュアの下での土地取得の際に、逆投影されています。

この「土地分配」において重要なのは、それぞれの部族の居住地は決して偶然によって出来上がったのではなく、神の計画と約束によって出来上がったものとなる、という神学的理解です。ここで具体的にイメージされている土地は、ダビデ王国によって生じた権利要求のイメージです。ダビデ王国は、「領邦国家」で、それは国家的統一体の領土を越え、パレスチナにおけるペリシテ人の土地や他の平原のごとき一連の非イスラエル的な部分を併合し、さらに近隣の国々をも飲み込んで、パレスチナをはるかに越えた、イザヤ書11章14-15節に見られる後代における救済待望と同じ方向を指し示しています。これらは、歴史の主であるヤハウエの意思の実現として土地取得の意味と内容であることを叙述しています。

先ず、13章1節において、土地分配の理由づけとして「ヨシュアの老齢」のことが取り上げられています。13章は本質的に申命記史家による構成であり、編集者は、分配されるべき領土がすべて実際に征服されないままであることを認め(1節)、征服されないままであったものを記述し(2―6節)、二つ半の部族がヨルダン川の東側の領土の割り当てを既に受け取っていたことを読者に思い起こさせています(7-14節。13:14と12:6、マクミラン『歴史聖書地図』69を参照)。そして、土地を分配するためには、モーセの後継者であるヨシュアの権威を必要とすることがはっきりと示されています。これらの事柄は、ヤコブ(創世記49章)、モーセ(申命記33章)がイスラエルの部族を祝福するのと似ています。それは、いずれの部族にとっても、その権威ある者の威光が与えられ、祝福の言葉を受けることが部族のアイデンティティーにつながるので、祝福をもたらす偉大な人ヨシュアの言葉によって生活空間が確定することは重要な意味を持ちました。

7節は、より厳密な意味でのパレスチナ、即ちイスラエルが居住する九部族半の土地について言及しています。南から北に向かう後代の所在地を基にしていえば、シメオン、ユダ、ベニヤミン、エフライム。マナセの半部族、イサカル、ナフタリ、ゼブルン、アシェル、ダンです。土地の中央部に位置する合計二つ半の、ラケル族、南部のレア族であるユダとシメオン、北部のレア族であるイサカルとゼブルン、さらに「腹違いの」三部族(創30:1-13)であるダン、ナフタリ、アシェルです。

レビは祭司部族であるので、「嗣業」の勘定に入りません。レビの「嗣業」はヤハウエご自身であるので、土地の分配を必要としないのです。レビは、「燃やして主にささげる献げ物」を自分の嗣業の分として食べることができる(申18:1)からです。

13章15節以下には、個々の部族への割り当ての詳細な記述がなされています。東ヨルダン土地分配(モーセによる分配)が先んじて概観されています(13:15-33)。これらの二つ半の部族がその地を占領するために帰還することをもって終わります(22章)。

ここではモーセによる分配とヨシュアによる分配が同等の権威を持つものとして、14章には西ヨルダンの土地分配(ヨシュアによる分配)のことが記されています。モーセの分配は神の計画に基づく方策であり、イスラエルは神の「嗣業」として分配された土地を受けるのです。そして、ヨシュアによる分配は、師であるモーセによる土地分配と同等の価値を持つものとして尊重されねばならないことが明らかにされています。

旧約聖書講解