ホセア書講解

18.ホセア書9章1-6節『イスラエルよ、喜び祝うな』

この祭りに対する言葉は、聖所における秋の収穫祭の時に語られたものと考えられる。聖所の場所としては、ベテルかサマリアが考えられる。この祭りの時に、巡礼者がイスラエルの全土から集まり、歓喜の賛歌、感謝の歌が歌われる。しかし、アモスがそれらの歌を遮って、非難の言葉を送っているように(アモス5:21-27)、ホセアもまた「イスラエルよ、喜び祝うな」という言葉を持って、祝祭に対して激しい非難の言葉を送っている。

大勢の民衆が集まり、祭りの喜びに浸っているところで、しかも民衆が最も神聖としている感情や希望を傷つける言葉をもって、それに立ちはだかるには、強い勇気と確信がいる。ホセアは、この祭りに対する厳粛な非難を行った故に、民衆からの嘲りと非難を受けることになった(7-9節)。しかし、ホセアは、そのような民衆からの謗り、非難を受けても、この祭りに対する非難を止めるわけにはいかなかった。その理由は、人々の祭りにおける喜びが、神ヤーウェに対する真の信仰から生まれたものではなく、むしろ不信の結果もたらされたものであったからである。

「諸国の民のように、喜び踊るな」というその言葉が、その非難の正しさを裏付けている。イスラエルは、主の民として主への真の信仰に根ざして、その恵みに対する感謝を表す祭りを祝っていなかった。「諸国の民のように」、バアルとその祭儀とにかかわっていた。まさしくそれは、民がその夫である「自分の神を離れ」、他の夫のもとに走る「姦淫」の罪を犯す行為として、ホセアの目に映った。ホセアは、アモスから続く契約の伝統に立って、この祭りを批判している。

イスラエルがここで行っている祭りは、豊穣を祈念してのものであった。その祭儀は、バアルの祭儀の形式にまったく則って行われていた。天は夫バアルを表し、地はバアルの妻を表す、大地の実りは夫からもたらされるものに依存し、雨は穀物の実りを約束する、なくてはならぬものであった。その恵みをもたらすバアルの行為が、祭儀において性交によって再現されていた。結婚可能となった娘が、性的儀式に借り出されて、その祭儀に与らせられていた、しかも日常的に、そのようなことが行われていた。ホセアの姦淫の妻ゴメルは、特別な神殿性娼ではなく、そういう普通の娘であったのではないか、という推測もなされている。

ホセアが看過できなかったのは、カナンの地は「主の土地」(3節)であり、ヤーウェがイスラエルに与えた土地であるという事実を、イスラエルが忘れていることにあった。カナンが「主の土地」である限り、そこからもたらされる土地の実りのすべては、主の恵みとして与えられるものにほかならなかった。その礼拝の形式は、主から教えられた方法、すなわち律法に従うものでなければならなかった(8:12)。感謝を表す相手も、ヤーウェ以外あり得ないはずであった。

しかし、民は、バアル祭儀の形式を取り入れることによって、土地のもたらす恵みを、バアルのものとしていた。イスラエルは、たとえ自分たちが主に仕えるものであると思っていたとしても、自分を異邦の神に売り渡してしまっていることに、変わりはなかった。彼らはもはや、異邦の神バアルに「姦淫の報酬を慕い求める」民でしかなかった。

宗教の土着化=宗教の堕落、ということはできない。しかし、土着の宗教に融合する形で自らの宗教の生き残りをかける歩みは、その宗教の本質を失った形でしか生き残れないことを意味する。ホセアは、この点を鋭く見抜いていた。だから、別の宗教との妥協を認めることはできなかった。

ホセアは、2節において、神、主との契約の本質に立ち返って、大地のもたらす実りの問題を考えるよう促がす。もし神との関係が、民の不信によって壊されてしまっており、その結果、契約の信実の上に育った、真の祭りができなくなれば、自然の恵みとの関係もまた混乱する。たとえ、そのような状態で豊作が期待され、期待どおり豊作がもたらされたとしても、その収穫に神の祝福はない。「麦打ち場も酒ぶねも、彼らを養いはしない」といって、それらは信実のない民にとって、もはや「友」ではなくなっていることを告げる。不信をもってヤーウェを棄てた民は、新酒によってその祝福を欺かれる。なぜなら、ヤーウェは創造者として自然を支配し、その背後にあられる。神に向かって罪を犯すものに向かい、自然の秩序は表される。

3節以下において、ホセアは、その背信の罪がもたらす具体的な結果について語っている。この国が、主によって約束され、与えられた土地である限り、この国とその収穫は、どこまでも主に属している。そうであるなら、契約によってヤーウェの民となったものが、その契約を破り続け、特にその中心となる契約祭儀の場で背信を止めないなら、民は主の土地に留まることはできない。民は、その罪にふさわしい形で、主の怒りを免れえないものとなる。民が追放される異邦の地として、エジプトとアッシリアとが言及されているが、それは、ホセアの歴史を見る透徹した目の鋭さを物語っている。民は、祭儀において真の神への信頼を示さなかっただけでなく、その生命の危機に置いても政治的に振る舞い、その結果、エジプトに助けを求めて逃れる者、アッシリアに連れて行かれる者とが現れた。追放された民は、約束の地、ヤーウェの土地で、主への感謝と、喜びの清い捧げものをもっての礼拝を、守ることができない。全土から聖所に集まって、今、礼拝を捧げるように集まることができない。

しかし、ホセアが告げようとしているのは、もっと悲惨な現実である。それは、ヤーウェから隔離されることを意味しており、そのような地では、普通の方法によって主を礼拝することはできない、という悲惨が待ち受けていた。民は、好むまま祭儀を行い、神は、それに屈して無力のように見えるが、不信の民を散らすことによって、神は神であることを示される。そして、捕囚の地では、奉納酒もいけにえも、供え物はみな汚れている。だから、そのような形での主への礼拝できないと、4節で言われている。民数記19:14-21において、喪中の人間や死者に触れた者は、律法上七日間汚れる、とされている。しかし、捕囚の地、異邦の地にある間、イスラエル人は喪中の人のようになり、その汚れた状態は七日間ではなく、ずっと続くと考えられた。したがって、そこで食べるパンは、「喪中のパン」のように汚れている、といわれる。

そうなれば、ヤーウェの祭りはどうなるか。ホセアは、5節において、「祝いの日、主の祭りの日にお前たちはどうするつもりか」と問う。神と民との間の契約が破られた時、それと共に、ヤーウェの祭りの意味は失われてくる。祭儀は、それにふさわしい信仰と守りかたによって、神への信仰の応答としての意味を持ち、神はそれを喜ばれるが、神のヘセド(信実・愛)、ツェデク(正義)を欠く、異教化されたヤーウェの祭りは、もはやその意味は失われ、神が喜ばれることはない。ホセアは民の将来を思いやる。

6節には、預言者の苦い皮肉の言葉が綴られている。彼らの赴く「巡礼の地」は、もはやイスラエルにある聖所ではなく、アッシリアであり、エジプトである。「エジプトが彼らを集め、メンフィスが葬る。」こう語るホセアは、イスラエルの一部がアッシリアの手を逃れて、エジプトに逃げることを見通していたのだろう。その地で平和と安息が与えられると期待して逃れたイスラエルは、全く違う事実に直面することになる。メンフィスは、今日のカイロに近い、ナイル側流域の当時の重要な町であった。エジプトは彼らを「集める」が、しかしそれは主の祭りのためでなく、死と墓場のためであり、彼らが持ち逃げた財宝は、そこで台無しになる。今や輝かしい祭りの喜びの場であるはずのものは、不毛の恐怖の地となる。

ホセアは、このように神と内面的な信仰の結びつきを失った祭典の、悲惨な結末を明らかにする。しかし、ホセアの祭儀批判は、単なる偶像批判ではない。どこまでも主との契約に基づき、主への背信として、それを批判している。「喜び祝うな」「お前は自分の神を離れて姦淫し」と批判することによって、神の契約の愛を覚えての立ち帰りを、イスラエルに求めている。イスラエルを真の悔い改めへ導くのは、主の愛(ヘセド)しかない。ホセアのこの厳しい審きの言葉の裏にある、主の愛を語ろうとする熱情を聞き逃す時、この預言者の言葉を誤解することになる。ホセアは、その結婚生活を通しても、人々の誤解を生みやすかった。しかし、ホセアは、その不幸な結婚を神の意志として受け止め、イスラエルの不幸な背信の歩みを、それでもって啓示していた。だが民は、自らの罪を省みず、この真の預言者ホセアの言葉を斥け、反対に彼を迫害した(7節以下)。そこに民の罪の深刻さがある。

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