詩編講解

27.詩編62篇『わが魂は沈黙してただ神に向かう』

この詩篇の作者は、昔からの友人たちに棄てられ、迫害されて、窮地に陥っています。彼は自分の存在がまるで、今にも「倒れそうな壁」「崩れそうな石垣」のように思えました。友人たちは、うわべは親しげに振舞うが、心の中は偽りと憎しみに満ち、生命を奪おうとして攻撃を加えてきました。彼はそのために消耗し、その重圧の中で彼の信仰は危機に瀕していました。

しかし彼は、この苦悩の中から視線を神に向け、魂を神に集中しました。

わたしの魂は沈黙して、ただ神に向かう。
神にわたしの救いはある。
神こそ、わたしの岩、わたしの救い、砦の塔。
わたしは決して動揺しない。(2,3節)

彼は自分にとって助けであり、岩、また城であるひとりの方だけを見つめています。そうすることによって、彼は自分の魂が静かになるのを覚えました。彼は不安と恐れから脱し、自分の足が再び堅い地盤の上に立つことができるので、決して動揺しないと告白します。

彼は絶望と神信頼の間で苦闘し、人の悩みと憂いを後ろにおいて、神を見つめ、魂を神に向け集中することによって、神信頼に生きることができました。彼はそこから苦闘に勝利し、魂の平安を得ただけでなく、人生において唯一つの信頼できる正しい規律と確実な判断をものにすることができました。

その結果、信仰共同体である他の仲間の者に向かっても、自分の体験に基づいて助言し、助けを与える指導者となりました。

魂の闘いは、神に向かうことによってのみ平静を与えられます。2節の言葉は、「ひたすら神に向かってのみ、わが魂は静かである」と訳すこともできます。この詩人は心のすべてを神に向け集中しました。そうすることによって、彼は人に助けを求めることをやめ、もっぱら神に信頼しました。すると、彼は落ち着きのない考えや疑いから解放され、心は平静になりました。今や彼は、救いをもたらす唯一のお方をはっきり見ることができました。神は不動の岩であり、砦である、と。

詩人は神に目を向けることによって、自分の存在を神の方から見ることを知りました。

すると、人間的な見方からすれば今にも倒れそうな壁であり、崩壊寸前の石垣であった自分であるのに、そうした絶望する気持ちを背後に押しやることができるようになりました。

信仰によって神に向かった彼の心には動揺がなく、静かです。彼がこの体験から学び、人に教えることができる真理は、救いは神のもとにあり、神から来るということです。生の土台と目的が、神に置かれるなら、その生のすべてが希望と平安で満たされるということです。彼はそれを次のように語っています。

わたしの救いと栄えは神にかかっている。

力と頼み、避けどころとする岩は神のもとにある。(8節)

彼はこの素晴らしい体験を隠すことができません。祈りを共にする人々に、自分と同じように徹底的に心を神に向け、神に聞き、神への信頼に生きるよう呼びかけます。彼はこうして会衆と共に、神を避けどころとする共同体に連なることを望みます。

神を中心に据えてみる時、人生における力の入れどころ、価値の尺度が神を見ないものと違ってきます。10節において、「人の子らは空しいもの。人の子らは欺くもの。共に秤にかけても、息よりも軽い。」といって、詩人は、神を尺度とした真理から、人の世の矛盾を冷静に且つ静かに鋭く分析し、批判しています。

そして、人の権力や武力に依存するなと警告します。それらのものが永遠に存続しない「空しい希望」であることを見通しているからです。

最後に、12-13節において、詩人は神から授かった規準による、唯一の正しい尺度を確認します。

ひとつのことを神は語り
ふたつのことをわたしは聞いた
力は神のものであり
慈しみは、わたしの主よ、あなたのものである、と
ひとりひとりに、その業に従って
あなたは人間に報いをお与えになる、と。

啓示された神の言葉、これこそが彼が会衆に伝えるべき規準でありました。詩人に啓示された神の言葉は、次の二つの事実を語っています。

第一に、力は神のものである、ということです。

第二に、慈しみ(恵み)は神のものである、ということです。

力と恵みは神に属するというところに、旧約聖書の神信頼の本質があります。恵みなき力は信頼に値しないし、力なき恵みも信頼に値しません。

わたしたちは、神の力の前に崩れ去って、跡形もなくなるものでしかない人間にすぎませんが、神の恵みの上に信頼を置くことが許されています。力ある神は、人が信仰によって、その力と恵みに従うなら、その者を見棄てず、豊かな恵みを持ってこたえられる。ここに旧約聖書の信仰の本質があります。この詩人は、この信仰において自分の前に置かれている事実を見、これを実際に体験し、人々をこの恵みに生きるよう招くのであります。

もちろんこの恵みにわたしたちも招かれています。

旧約聖書講解