ヨシュア記講解

7.ヨシュア記8章1節-29節『アイの征服』

ヨシュア記8章は、アイに対する二度目の戦いを記しています。一度目のアイ征服の戦いは、アカンの罪が原因で敗北しました。「全イスラエルはアカンに石を激しく投げつけ、彼のものを火に焼き、家族を石で打ち殺し・・・アカンの上に大きな石塚を積み上げ」(7:25,26)、その罪に対する処置を行なったので、「主の激しい怒りはこうしてやんだ」、と結び、アイ征服物語は8章に受け継がれています。アイに対する敗北の原因が、「滅ぼし尽くしてささげるべきこと」(ヘーレム=聖絶)の不履行にあるとすれば、8章もアイに対する「聖絶」の問題が継続して扱われていると言えるでしょう。

ヨシュアに述べられた主の言葉、「「恐れてはならない。おののいてはならない。全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい。アイの王も民も町も周辺の土地もあなたの手に渡す。エリコとその王にしたように、アイとその王にしなさい」(8章1、2節)は、聖絶命令が継続して語られていることを示しています。「渡す」は、ヘブライ語は完了形となっており、「聖絶命令」を再度確認する意味を持ちます。1節後半の一語一語はエリコ征服を告げる6章2節と響き合っています。これから起こることは神の宣言の下にあり、そもそもアイは征服されるのではなく今や神の言葉の宣告によって征服されていることを明らかにしているのです。「ただし、分捕り物と家畜は自分たちのために奪い取ってもよい」という例外を認め、イスラエルに戦利品と略奪物の保持が認められている点は大きく異なっています。

1,2節は勝利を主の業としているのに対し、ヨシュアが命じるアイ攻撃は主による奇跡ではなく巧みな戦術によって達成されることが述べられ(4―8節)、戦いを聖戦の別の側面と解していることは明らかです。勝利は完全であり、敵は狼狽させられ、(20節以下)アイの住民はみな殺される。しかしそれにもかかわらず、重要な点でこの物語はエリコ攻略の記事や聖戦の物語全般と異なっています。勝利は奇跡ではなく、巧みな戦術によって達成され(10-17節)、箱か主が軍の戦闘に立っていることへの言及はなく、典礼的特徴(行列、祭司、ラッパ)もなく、「厳粛なる禁止」の規則に例外が設けられ、イスラエルは「戦利品」を自分たちのものとすることを許されています(27節)。この最後の点は7章において報告されたアカンの罪を考えると、特に際立っています。

8章のアイ征服の記事は、大きく三つにわけることができます。1―9節は、伏兵の計画を含めて、主の指示とヨシュアの準備を報告し、10-17節は、伏兵の配置と戦術の成功を報告し、最後に18―29節では、アイに対する実際の攻撃とその町の破壊を報告し、この二つの出来事は、その「町の名」とその町の入口にある「大きな石」に関する二つの原因譚(28―29節)を説明するものです。
アイ征服物語の入り組んだ記述は、この物語が二つかそれ以上の伝承の結果であることを示唆しています。始まりの報告が二度、3節と10節、伏兵の配置の記述が二度、9節と12節、軍隊について示された数が二種、「三万の勇士」(3節)、「約五千人を選び」(12節)、アイでの宿営に対する言及が二度、12節と13節、町が焼かれた報告が二度、19節と28節。

これらの記述が何を意味するのか、その解釈をめぐって様々な疑問が出され、アイでの考古学的発掘によってこの物語の信憑性は大いに疑われています。1933-1934年の発掘は、青銅器時代に城壁に囲まれた大きな町がそこにあったが、それは、恐らくイスラエルがその場に到着する(鉄器時代)千年ほど前に破壊されており、それゆえこの町は、イスラエルが到着した時は既に廃墟で、イスラエル史の大部分を通じてそのままであったことを明らかにしています。

へブル語の「ハーアイ」(1節)は、文字どおりには「廃墟」を意味する。この語は実際固有名詞ではなく、普通名詞で、この場所を「エ・テル」(廃墟)と同定することに関して何ら問題はないと言われる。ギルガルとエリコと同様、アイはベニヤミン族の領土内にありました。ヨシュア記のここまでの出来事がすべてベニヤミン領内で起こったという事実は、征服の物語りのほとんどがギルガルで保持されたその部族の特別の伝承から生まれたという結論を支持しています。

しかし、資料の問題や記述の矛盾の問題はあっても、8章のアイ征服物語のメッセージは明瞭です。18節において主はヨシュアに向かって、「あなたが手にしている投げ槍をアイに向かって差し伸べなさい。わたしはアイをあなたの手に渡す」と命じ、その命令に従って、「ヨシュアはアイの住民をことごとく滅ぼし尽くすまで投げ槍を差し伸べた手を引っ込めなかった」、この行為は、出エジプト記17章8―16節のアマレク人との戦いを想起させます。そこでもモーセは両手を差し伸べ、また彼が手を高く上げている間はイスラエルが優勢となりました。それと同じことが、これらの箇所でも表象されています。投げ槍を差し伸べるという行為は、ヤハウエがアイの神の征服者であるという事実を強調しているからです。

28,29節のアイの町焼失と町の門の入口にある巨大な石塚に関する原因譚は、まさしくこの土地と結びつく多くの記憶がアイ物語を特徴づけています。おそらく、その石塚となった場所には一本の木があり、伝承がそれをアイの王に結び付けと考えられています。それは、今日でもケデロンの谷に一本の木があって、そこで背徳のマナセ王が預言者イザヤを鋸(のこぎり)で挽き殺したと言い伝えられているのと似ています。
「廃墟の丘」はベニヤミン族の入植者たちによって発見されたのではなく、それ以前から知られていたのであろうと考えられています。アイそのものが「廃墟の丘」であった以上、それはすぐ近くのあるベテルでその記憶が保持され続けたのでしょう。それによってベテルの名がしばしば登場する理由も説明することができます。
これによって見えてくるのは、アイの物語は、その記憶が鮮明に残っている時代には物語を記述した人にとっても「聖なる物語」であったということです。そして、それはアカンの窃盗物語と結合することによって初めて、神の民が約束の地を授かる壮大なドラマの一部となったのです。

これらの物語は、アイが神の宣言によって、征服されていることを物語っているのです。

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