エレミヤ書講解

64.エレミヤ書51章59-64節『バビロンは再び立ち上がることなく』

ここには、エレミヤがバビロンの滅亡を預言した巻物を、セラヤ(その父はネリヤであるといわれているので、彼はバルクの兄弟である)に託して、それをバビロンで「注意してこの言葉を朗読」した後、石に結び付けて、ユーフラテス川に投げ込むよう命じた出来事が記されています。この象徴行為は、バビロンの来るべき運命を表わしています。石に結び付けられた巻物が沈み、再び浮かんでくることがないように、バビロンも沈み、「再び立ち上がることはない」ことを指し示すものです。

ところで、この預言がなされたのが、「ユダの王ゼデキヤの第四年」ということに、特に注目する必要があります。この年はユダの捕囚民にとっても、エルサレムに残った残留民にとっても、重大な事件が起こった年であるからです。27,28章の出来事も、「ゼデキヤの第四年」(紀元前594/3年)のこととされているからです。ゼデキヤは、ヨヤキン王と国の主だった者たちが捕囚とされた第1回捕囚の年、バビロン王ネブカドネツァルによって王位に就けられた傀儡(かいらい)王でありましたから、それは第1回捕囚から4年目の出来事であることを示しています。ゼデキヤは、最初、ネブカドレツァルに対して忠誠を守っていましたが、その治世の第4年に、エドム、モアブ、アンモン、ティルス、シドンの五つの国から使わされた使者がゼデキヤのところにやって来て、反バビニア同盟の協議がなされました(27章3節)。それは、その前の年にバビロンで動乱があったため、ネブカドレツァルの属国とされていた西方のこれらの国々が、今こそ反乱を成功させることが可能であるとの思いを抱いての謀議でありました。この計画は実行に移されることはありませんでしたが、ユダにおける反バビロン派を勇気づけることになり、エルサレムの預言者や祭司たちは、平安を語り、前597年の第1回捕囚のとき、エルサレム神殿から持ち去られて失われた祭具類が戻ってくると預言しました(27章16節)。

しかし、エレミヤは、この謀議と偽りの楽観論を封じるために、主から命じられて軛の横木と綱を首に結び付けて、ゼデキヤ王の前に現われて(27章2節)、この象徴行為のように、その謀議は空しい結果に終わり、バビロンの重い支配に服さねばならないことを告げました。「バビロンの王ネブカドネツァルに仕えず、バビロンの王の軛を首に負おうとしない国」は、剣、飢饉、疫病をもって罰せられ、偽りの平安を語る、「預言者、占い師、夢占い、卜者、魔法使いたちに聞き従ってはならない。」「彼らに従えば、あなたたちは国土を遠く離れることになる。わたしはあなたたちを追い払い、滅ぼす。しかし、首を差し出してバビロンの王の軛を負い、彼に仕えるならば、わたしはその国民を国土に残す、と主は言われる。そして耕作をさせ、そこに住まわせる。」」(27章8-11節)とエレミヤは主の言葉を告げました。

しかし、このエレミヤの預言に真っ向から対立する預言者にハナンヤという人物がいました(28章)。ハナンヤは、バビロンの軛は2年で取り去られ、捕囚とされた王も、民も、神殿の祭具も、全てこの場所に帰ってくると語り、エレミヤの首から軛をはずして打ち砕き、そのようにネブカドネツァルの軛は打ち砕かれる、と語り、エレミヤの預言と真っ向から対立しましたが、エレミヤはハナンヤに、「平和を預言する者は、その言葉が成就するとき初めて、まことに主が遣わされた預言者であることが分かる」(28章8節)と語り、今度は鉄の軛を作って、ネブカドネツァルの支配がそのように強固になされること、ハナンヤは今年のうちに死ぬと告げ、エレミヤの預言どおり、彼はその年の7月に死にました。

このようにエレミヤは、ヤハウエがバビロンをご自身の僕(27章6節)として、諸国民を支配する力を与えたのだから、バビロンの支配の下に服従することが神の服従として求められたことを明らかにし、バビロンに対する反逆謀議を愚かな試みにおわり、それはバビロンの厳しい軛の支配を増すだけに終わることを告げています。それは、まさに「ゼデキヤの第四年」のことです。

そして、ほぼ同じ頃に、エレミヤはバビロンにいるユダの捕囚民に手紙を送り、捕囚が長引くので、腰を落ち着けて生活をし、子孫を増やして安定した生活をし、その町のために主に祈るように助言し、来るべきバビロンからの解放の主の約束を告げています(エレミヤ書29章10-14節)。

しかしながら神の意思はそれだけではなかったことが、51章59節以下の言葉において明らかにされています。神は生ける歴史の主として、諸国民のそれぞれの歴史的な時を決定するお方であります。そのようにバビロンの支配にも限界のあることを、エレミヤは明らかにしています(27章7節、29章10-14節)。

その神の意思が示されるその時まで、いまだに隠されている未来の預言としてエレミヤがバビロンに向けてセラヤに与えた神の言葉は有効なものとして残ります。それはその時がきた時に成就します。

しかし、「ゼデキヤの第四年」は、主の審判が語られ、それが成就すべき時でした。だから、バビロンからの解放を告げる安易な平和や慰めを語る偽預言者たちの口を封ずべきその時に、この巻物は彼らには知らすべきものではありませんでした。そして、捕囚民にもすぐには訪れない解放の時に備える生活についてエレミヤは手紙を書きましたが、解放の日は決してすぐには来ないことが強調されています。しかし、そのほぼ同じ時に、エレミヤは来るべきバビロンの滅びの日についての主の言葉を聞き、それを書記(おしらくバルクに命じたことであろう)に書き記させ、その巻物をセラヤに託したのであります。

セラヤはこのとき宿営の長として王(ゼデキヤ)と共にバビロンに行った(51章59節)とされていますが、ゼデキヤ王がなぜこのときバビロンに赴かねばならなかったのか、その理由は、エドム、モアブ、アンモン、ティルスの王たちと共に行ったバビロンに対する反逆の謀議に加わったことがネブカドネツァルの耳に入り、それが失敗に終わったため、その釈明のために行く必要があったからだと考えられます。その際、ネブカドネツァルに信頼されているエレミヤに近い立場にあるセラヤを連れて行くほうが安全であるとのゼデキヤの判断も働いていたのかもしれません。このような人の判断、政治的な判断とは別に、このとき既に下されていた主の歴史支配における判断が、同時にバビロンにもたらされ、しかし、「バビロンに到着した時注意して朗読」するようにセラヤにエレミヤが命じているのは、ゼデキヤの目にも留まらず、バビロン王の目にも留まらないように、その言葉が誰にも聞かれないように朗読せよとの意味が込められている可能性も考えられます。

そうだとすると、誰にも聞かれなかった、聞かされなかった主の言葉に一体何の意味があるのか、とわたしたちは考えたくなります。主の言葉は、それが語られ、聞かれる、ところに働く、というのがルター派的な理解の仕方です。そしてそれは大切な理解の仕方には違いありませんが、旧約聖書における信仰は、主の言葉はそれが語られるとき、語られたその言葉が出来事となってそれ自身の力で働き、その言葉が成就へと向かうとの理解を示しています。

エレミヤはセラヤに巻物を託した時に、誰に向かって語るように指示したか、この聖書の言葉を見ただけでは分りません。ただ、「注意して朗読せよ」とだけ告げていますので、やはり誰もいないところで、その巻物が朗読された可能性を否定できません。いずれにせよ、朗読された後、その「巻物は石に結び付けて、ユーフラテス川に投げ込まれた」(63節)のですから、その巻物をその後見た者はいません。ですからこの巻物は、人の目には隠されていますが、この巻物がたどった運命が、神の歴史支配がどのように行われるか、その未来を指し示しています。それはただ一つのことを指し示しました。その運命は、「このように、バビロンは沈む。わたしがくだす災いのゆえに、再び立ち上がることはない。人々は力尽きる」という言葉によって、石に結び付けて投げ込まれた巻物が沈んで再び浮き上がってこないように、バビロンの滅亡もそのように起こるという出来事を指し示すために用いられたことは明らかです。

64節の最後の「人々は力尽きる」という言葉は、正確には「彼らは疲れ果てる」です。主の計画と意志に対し、人は逆らって行為しても、その業は「疲れ果てる」結果しか残りません。ゼデキヤ王のバビロンに対する反逆が主の意志に反するものである限り、そのような結果しかもたらさないことは、既に明らかにされました。そして主の僕として用いられたバビロンもまた、究極においてそのように扱われることがここで明らかにされています。

しかし、エレミヤに示された主の言葉は、疲れ果てることなく働きます。それは、「わたしは、わたしの言葉を成し遂げよう」(エレミヤ書1章12節)といわれる主の言葉であるからです。主の言葉を取り次ぐエレミヤも、民の悔い改めない姿に嘆きながら(エレミヤ15章15,16節)、そして自ら取り次いだ言葉の故に迫害に遭い,苦しみ、疲れ果てる歩みを強いられる生涯を生きねばなりませんでした。しかし、彼が取り次いだ主の言葉は、「疲れ果てる」ことなく、成就します。この言葉の確かさ、人間の目には見えなくても、必ずそれ自身の力で成就していきます。そして、その言葉に委ねる人生は、エレミヤがそうであったように、悩み多く、疲れ果てることも多いものですが、主にある希望、救いへとつながっています。エレミヤ書は、この希望をもって生きるように、私たちにいまも語りかけています。

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