エレミヤ書講解

53.エレミヤ書36章1-32節『預言の巻物の焼却』

エレミヤ書36章は、エレミヤ書がどのように作成されたかを理解する鍵とみなされています。エレミヤは、「巻物を取り、わたし(主)がヨシヤの時代から今日に至るまで、イスラエルとユダ、および諸国について、あなた(エレミヤ)に語ってきた言葉を残らず書き記しなさい。」(2節)という主の言葉を聞きました。それゆえ、エレミヤは、その口述筆記を書記のバルクに命じて、その託宣を筆記させ、それを神殿で朗読させています。

エレミヤに、この命令が与えられた年が「ヨヤキムの第4年」といわれています。それは紀元前605/604年に当ります。紀元前605年は、古代近東における国際情勢で重要な意味があった年です。その年に、バビロンは、ユーフラテス河畔のカルケミシュで、アッシリアを滅ぼし、そのアッシリアを助けようとしてやってきたエジプトも壊滅的に打ち破ることによって、その覇権を確立しました。そして、ネブカドネツァルはナボポラッサルの後を継いで正式に王位に就きました。続いてその年にバビロンはシリアとパレスチナへと進軍を開始しました。ネブカドネツァルはエルサレムに向かっても進撃を開始し、これがユダ王国の絶滅の危機をもたらせました。だが、ヨヤキム王はすぐに降伏したために、最悪の事態は回避でき、人々は平静を回復しました。だが、その結果、人びとはエレミヤの審判の言葉を真剣に受け止めようとしなくなっていました。確かに、彼らは審判を免れました。しかし、エレミヤはその先を見通していました。だから、エレミヤは預言者活動をやめず、民のすべての人々に審判を告知し続け、人びとを目覚めさせねばならない務めを自覚しその取り組みを弱めることがあきません。しかし、その理由が分りませんが、エレミヤは、「神殿に入ることを禁じられていました」(5節)。後に、この巻物の朗読をしたバルクとエレミヤの逮捕をヨヤキム王が命じていますので(26節)、このとき、エレミヤの身柄が誰かに拘束されていたとは考えられません。エレミヤが神殿への入場を禁じられていたのは、彼が行った神殿説教が不評であるためか(エレミヤ7:2-15,26:2-6)、エレミヤが何かの典礼上の穢れを帯びていたか、いずれかであると考えられます。エルサレムが占領され、破壊されることはユダ王国にとって完全な滅亡を意味していましたから、人々はこのことをありうべからざることとしてひたすら否定しようとしました。しかし、エレミヤは、「主の神殿、主の神殿、主の神殿というな」、「平和がないのに、『平和、平和』というな」といって、預言者や祭司たちと厳しく対峙していましたので、特に祭司たちから神殿への入場を厳しく禁じられていたのではないか、考えられます。しかし、これまでエレミヤによって告知された審きのメッセージはまさに成就しかかっていました。「北からの敵」は、まさにユダの戸口のところまで来ていました。

そういう状況の中でエレミヤは「巻物をとれ」という主の言葉を聞いています。エレミヤに書き記せと命じられた主の託宣とは、「ヨシヤの時代から今日に至るまで」に語られたものです。エレミヤはヨシヤの第13年(紀元前627年)にその働きをはじめましたので、20数年にわたる期間に彼が伝えたものがその巻物に含まれていたと考えられます。「バルクはエレミヤの口述に従って、主が語られた言葉をすべて巻物に書き記した」(4節)といわれていますが、実際、その作業がどれだけの期間かかったか分りません。おそらくそれは一日や二日で終えることのできるものでなかったと思われます。数日間、あるいは数十日に及ぶ大仕事ではなかったか、と思われます。エレミヤは自分が行った預言のメモを自分で取っていた可能性も考えられます。特に重要と思われる部分はそのように記録されていたと考えるのが自然でしょう。

いずれにせよ、バルクは、そのすべてを記した後、エレミヤに命じられて、「断食の日に」、「神殿に集まった人々に」向かって、書き記したすべての主の言葉を朗読しました。

なぜ、断食の日が選ばれたのでしょう?断食は危機の時代に頻繁に行われました。そして、断食の日こそ、エルサレムの民だけでなく、ユダの町々の住民も神殿に集まったからです。この日こそ民の全員が集う日であり、エレミヤの告げる主の言葉が極めて多数の人に効果的に届くと予期できたからです。

こうしてバルクはその機会を選び、神殿でその巻物を読みましたが、その際の会衆の反応は全く記されていません。バルクがその巻物を読み上げた場所は、書記官、シャファンの孫でゲマルヤの部屋からであった(10節)といわれています。

ゲマルヤは、紀元前622年のヨシヤの宗教改革において非常に卓越した役割を果たしたシャファンの息子です。彼はエレミヤのメッセージには同情的であったことが25節に示唆されています。シャファンの今一人の子アヒカムは、エレミヤと同じ預言をしていたウリヤがヨヤキム王によって殺害された時、その迫害の手がエレミヤに及びそうなのを察知して、「エレミヤを保護し、民の手に落ちて殺されることのないようにした」(エレミヤ26:24)人物です。ゲマルヤの子ミカヤがそのすべてを聞いて、王宮にある書記官室に行き、何人かの書記官をはじめ王の役員に、それを報告したといわれていますが、ミカヤがどのような人物であったか、ここに記されていること以上、他に確かめることのできるものは何もありません。

ミカヤの報告を聞いた役人たちは、ユディをバルクのもとに遣わし、「あの巻物」をもってくるように命じました。バルクが巻物を読み聞かせると、「彼らは皆、おののいた」(15節)といわれています。事の重大性を認識した彼らは、王に報告すべきということで意見が一致しました。しかし、王に報告する前に、バルクに、どのようにして、このすべての言葉を書き記したのか尋ねています。その問いに対してバルクは、「エレミヤが自らわたしにこのすべての言葉を口述したので、わたしが巻物にインクで書き記したのです」(18節)、と答えています。こうして、その預言者的権威が肯定され、強調されています。

エレミヤの言葉はこうして三度目に王の前で朗読されることになりますが、役人たちは、それが王の前で朗読されることになれば、バルクとエレミヤの身に王の迫害の手が及ぶことを予想し、「あなたとエレミヤは急いで身を隠しなさい。だれにも居どころを知られてはなりません」(19節)、といって二人を助けましました。ヨヤキム王の時代にも、このようにヨシヤ王の改革を支持し、それを支持する預言者エレミヤを守ろうとする役人がなお宮廷にいたことを、この出来事は明らかにしています。この時代、祭司や預言者たちよりもむしろ、王の高官たちの中にエレミヤの預言に耳を傾け、支持する人たちがいたことに、神の深い配剤と導きを覚えます。

彼らは、巻物は書記官エリシャマの部屋に一旦保管した上で、巻物のことを王に伝えました。ヨヤキム王は、ユディに命じて巻物を取って来させ、彼にそれを朗読させました。

9月というのは太陽暦では11月から12月に相当します。王は宮殿の「冬の家」にいて、そこには暖炉の火が赤々と燃えており、ユディが三、四欄読み終えるごとに、王は巻物をナイフで切り裂き、巻物のすべてを燃やしてしまいました。それは、ヨヤキム王が、エレミヤを非難して、「なぜ、この巻物にバビロンの王が必ず来て、この国を滅ぼし、人も獣も絶滅させると書いたのか」(エレミヤ書36章29節)と言った言葉が明らかにしているように、エレミヤの預言に、ヨヤキム王の支配に対する批判と、ヨヤキムの頼りとするエジプトの没落が記されていたからだと考えられます。

「このすべての言葉を聞きながら、王もその側近もだれひとり恐れを抱かず、衣服を裂こうともしなかった」(24節)という言葉は、「(ヨシヤ)王はその律法の書の言葉を聞くと、衣を裂いた」(列王下22:11)というヨシヤ王の行為と対照させ、王とその側近たちの悔い改めない罪を明らかにする目的で記されています。しかし、そこには、エルナタン、デラヤ、ゲマルヤの三人のように、「巻物を燃やさないように懇願した」者もいました。

巻物を破ることにおいて、ヨヤキムは、単にエレミヤと彼のメッセージに対する侮蔑を表現しただけではありません。この行為にはそれ以上のことが意味されていました。その行為によって、ヨヤキムは預言者エレミヤの災いに満ちた言葉の力を無力にしようしたのです。

ヨヤキムは巻物を破ることによって神の言葉を拒む者であることを明らかにしました。彼が王であり、国民の指導者であったゆえに、彼の拒否の行為は、神の言葉を拒むことの前兆であり、縮図であることを示しています。いまや希望はこの国から失われてしまいました。最初にその巻物が記された目的は達成されなかった!!王と国民の両方がいまや避けることのできない破滅に直面させられる、とエレミヤ書の編集者はこの事実を強調しています(30,31節)。

そして、エレミヤはすぐに巻物を再びバルクに命じて書きました。それは、その言葉が決して失われることのない有効であり続ける神の言葉であることを保証するためです。王と預言者の行為は、共に「象徴的行為」です。一方は、神の言葉をなきものにしようとするものであり、もう一方は、神の言葉が永遠に存続する生ける有効な言葉であることを示すものであります。

エレミヤは先に記した言葉に、「同じような言葉を数多く加えた」という章末の記述は、本章に記されている出来事以後のエレミヤの託宣と言葉のすべてがこうして補われ、今日のエレミヤ書が出来上がっていることを読者に悟らせる意味を持つ注記です。

ヨヤキム王が焼いた巻物の中には、「わたしの言葉は火に似ていないか。岩を打ち砕く槌のようではないか」(エレミヤ23:29)、という主の言葉が記されています。人々がどのように神の言葉からのがれようと試みても、神の言葉の生命力は、決して失われません。神の言葉は、別の巻物に新たに書き記され、伝承され続けたのです。神殿が焼失し、国が滅び、民は祖国から切り離され捕囚とされることがあっても神の言葉は人々に命を与える言葉として残ったのです。しかし、神の言葉をなきものにしようとしたその行為は、王家とその王国と国土の滅亡を決定づけるものになることに、ヨヤキムは気づかなかったのです。そこに彼と王国の問題があることに気づいていく、そこから真の悔い改めが生まれます。そのために神の言葉は新たに書き直され、残っている、ここに希望があります。

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