エレミヤ書講解

51.エレミヤ書32章1-15節『贖いのしるし』

エレミヤ書32章1-15節は、バビロンによるエルサレム最後の攻囲の中で起こった出来事を記しています。ゼデキヤの第十年は、前587年にあたります。バビロンの王ネブカドネツァルによる最初のエルサレム包囲の際、エレミヤはまだ自由の身でありました。エジプトがユダを助けるために進軍してきた時、バビロンは撤退しその包囲が一時的に解かれました。その期間中に、エレミヤはエルサレムを出て、親族の間で郷里の所有地を相続するために、ベニヤミン族の地へ向かって行き、ベニヤミン門にさしかかったとき、「カルデア(バビロン)軍に投降しようとしている」(エレミヤ書37章11-14節)、という嫌疑を受けて投獄されました。ゼデキヤ王がひそかに尋問すると、エレミヤはきっぱりと王が捕囚とされることを預言しました(37:17)。それでも、ゼデキヤは厳しい処分をすることを望まず、エレミヤの願いを聞きいれ、監視の庭に留め置くことにしました(37:21)。しかし、エレミヤを敗北主義者として処分したいと思っている王党派の熱狂的な指導者たちは、エレミヤが国はバビロンによって滅ぼされ、都エルサレムもバビロンの手に落ち、占領されると預言し(38:2,3)、「都に残った兵士と民衆の士気を挫き」、民の平和を願わず、災いを望んでいる、といってエレミヤの死刑を要求したため、ゼデキヤは彼らにエレミヤの処分を委ねました。エレミヤは死刑を免れましたが、水溜めに投げ込まれました。幸い底には水がなく泥がたまっているだけでしたので一命を取り留めました。しかしもしエレミヤがクシュ人の宦官の執り成しによって、王に助けられ再び宮廷の監視の庭に連れて来られる事がなければ、危うく命を落とすところでした(38:7-13)。これが、エレミヤ書32章1-5節で報告されている事柄の現場です。

エレミヤ書32章6-15節には、エルサレムの最後の攻囲の中で行なった信じがたいエレミヤの行為の報告が記されています。エレミヤの従兄弟ハナムエルは、所有していた先祖伝来の土地が負債のために失われそうになったとき、エレミヤに贖い法に基づき、アナトトにある畑を買い取って欲しいと申し出ました。贖い法には次のように定められています。

土地を売らねばならないときにも、土地を買い戻す権利を放棄してはならない。土地はわたしのものであり、あなたたちはわたしの土地に寄留し、滞在する者にすぎない。あなたたちの所有地においてはどこでも、土地を買い戻す権利を認めねばならない。もし同胞の一人が貧しくなったため、自分の所有地の一部を売ったならば、それを買い戻す義務を負う親戚が来て、売った土地を買い戻さねばならない。(レビ記25章23-25節)

贖い法では、土地は神のものであるといわれています。そして、一つのまとまりと見なされる家族に、財産を保持する義務が定められています。エレミヤは、この贖い法の規定に従い、親族としてその役を引き受けています。この出来事は、象徴的・預言的な行為として特別な意味があります。バビロンの包囲軍の駐屯が長引いて、エルサレムとその周辺の住民たちには、財産を売却せざるを得なくなるようなさまざまな窮状が生じていたました。バビロンの包囲の中で食べるものさえなくなる窮状の中に住民は置かれていました。その中で、多くの住民は、先祖伝来の約束された土地をなくなく手放さねばならない状況へと追い込まれていきました。たとえ土地を手放さずにすんだとしても、その土地はバビロンによって奪われ、他人の手に渡ってしまうかもしれません。どうせそのような運命にあるのであれば、早めに、土地に値がつく間に売ってしまった方がまだましだ、という考えに支配されていた人もいたと思われます。

だから、このような状況の中で、エレミヤが従兄弟のハナムエルが所有していた先祖伝来の土地を贖い法に基づいて買戻しをすることは、いずれバビロンによってその土地の権利自体失われるかもしれないことを承知の上でないとできない行為でありました。エレミヤのこの行為は、差し迫ったバビロンの包囲に際し、土地の約束の撤回を語ったことと大きな対照をなす行為です。

エレミヤはこの土地を銀17シェケルで買っています。そもそもシェケルは重量の単位ですから、銀の重さをはかりで測って、17シェケルの重さの銀をナイフで切り取って、相手に支払ったわけです。土地の売買には、買い手の権利を明らかにする証書が作成されました。慣習に則って、買い手側の証書は2通作成されました。その一通は、封印された壷の中に入れられて保管されました。もう一通はいつでも見られるように購入者が手元で保管しました。このような「贖い法」に基づく売買には、証人が立てられるのが普通です。そしてそれは、通常、町の門の前で行われますが、とらわれの身となっていたエレミヤは、監視の庭にいたすべてのユダヤ人の前で、その証書をバルクに渡し、素焼きの土器に納めて長く保存するように命じています。

エレミヤは、その場にいたユダヤ人全員が聞こえるように、「イスラエルの神、万軍の主が、『この国で家、畑、ぶどう園を再び買い取る時が来る』と言われるからだ。」(エレミヤ書32章15節)とその行為の理由を述べています。つまり、この買い戻しの行為は、約束の地の最終的未来に対するエレミヤの信仰を示すものであり、破壊されバビロンによって失われるエルサレムの将来における希望と約束を示す、象徴的・予言的意味を持つ証拠として、この証書は保存されました。エレミヤの土地に対する両義的(アンビバレント)な態度は、バビロンに対する両義的態度と呼応するものと考えられます。バビロンによるエルサレムの占領と支配がなされ、王や国の主だったものたちが捕囚とされることを、主の審判として受け入れ服すように語ったエレミヤは、後にバビロンへ捕囚としてエルサレムとユダのすべての人共に連行されました。そのとき、ネブカドネツァルの親衛隊の長ネブザルアダンは、エレミヤの手の鎖を解いて、「もし、あなたがわたしと共にバビロンに来るのが良いと思うならば、来るがよい。あなたの面倒を見よう。一緒に来るのが良くなければ、やめるがよい。目の前に広がっているこのすべての土地を見て、あなたが良しと思い、正しいとするところへ行くがよい。」(40:4)と誘いました。しかしエレミヤは、その誘いになびかず、バビロンに行くことを拒み、ミツパにいるアヒカムの子ゲダルヤのもとに身を寄せ、「国に残った人びと共にとどまる」道を選択します。そのゲダルヤが暗殺された後、バビロンの報復を恐れた人々がエジプトへ逃亡しようとした時、エレミヤはこれに激しく反対しています(42:17)。また無理やりエジプトに連れて行かれた後も、やがてネブカドネツァルがエジプトに勝利し、捕囚に定められた者を連れ去るだろうと宣言しています(43:8-13)。この失われると分っている土地を買い、そのためにこの証書を残す行為も、これらの後にとるエレミヤのすべての行為も、神の将来にゆだねる点で一貫しています。エレミヤはこの行為によって、滅亡の中にも、なお買う土地が残されていることを示しました。それは一旦失われるが、それを神ご自身が再び来られて買い取る時か来るしるしとし、神による救いへの希望を抱く者として、エレミヤは、この国の将来を神に委ねるのです。

エレミヤは、この罪深い国の滅亡の中で、民に悔い改めの勧告を行おうとはしません。むしろ、バビロンのよる捕囚を神の審判として、ただ受け入れるようにと語りました。そして国の滅亡が決定的で、その土地が他人のものになると分っている状況の中で、あえて購入するエレミヤの証人となったユダの人々は、エレミヤの購入した土地のように、その運命の扱いを受けることになります。それは、彼らの将来を暗示するしるしとしての意味を持っていました。キリストの十字架がその目撃者全員の罪ある者の死を指し示すしるしとしての意味を持っていたように、その現実を示すしるしとなっていました。しかし、贖い法の基づくその証書は、神による将来の希望を示す証拠としてもう一つの大切な意味を持っていました。エレミヤが告げるとおり現実が進展したとき、このしるしは、大きな希望、慰めとしての意味を人びとに与えることができました。それは、「イスラエルの神、万軍の主が、『この国で家、畑、ぶどう園を再び買い取る時が来る』」、神による将来の救いを示すしるしでもあったからです。それは、キリストの十字架が、滅び行く罪人の罪を担う贖いとして、キリストの復活と結びつく死としての意味を持っていたのと同じ意味を持っていました。キリストの十字架は、その罪を認めて、キリストの将来に委ねて生きようと歩みだす者には、贖いのしるしとなるからです。このようにキリストの十字架は両義的な側面を持っています。同じく、エレミヤのアナトトの土地購入とその購入証書も両義的な側面を持っています。神に背くエルサレムの住民には国の滅亡と捕囚のしるしとなりますが、後に、それは神による将来の救いを示す希望のしるしとなるからです。

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