エレミヤ書講解

44.エレミヤ書27章1-22節 『軛の預言者』

27-29章は、エレミヤと偽預言者との対立をテーマとするエピソードが集められています。エレミヤの偽預言者批判は23章において原理的に展開されています。本章では、その具体的な論争が纏められています。

エレミヤと偽預言者との間でなされた論争の争点は、バビロンに対する態度決定に関するものでありました。この論争に見られるように国論は真っ二つに別れていました。28章に見られるように、ハナンヤをはじめとする預言者たちは、バビロンへの抵抗の立場を取り、バビロンの軛は軽いと見なしていました。それに対してエレミヤは、バビロンを神の計画を実行する器と見て、バビロンに対する徹底的な服従を説きました。

1節に、「ユダの王、ヨシヤの子ゼデキヤの治世の初めに」と、エレミヤに主の言葉が与えられた日付が記されていますが、ヘブル語の原文は、「ヨシヤの子ヨヤキム」となっています。しかし、12節にはゼデキヤが出てきますし、28章1節に「その同じ年」として、ゼデキヤの治世の第4年と記されていますので、翻訳にあたって、どの訳もゼデキヤと読み変えられています。

ゼデキヤは、前597年3月17日、バビロンが最初のエルサレム征服をした後、ネブカドレツァルにより退位させられて捕囚にされたヨヤキンに代わって王位に就けられました。彼の元々の名はマッタニアで、ネブカドレツァルにより王位に就けられた時に、ゼデキヤ(「ヤハウェは正しい」の意)という名を与えられました。ゼデキヤは、最初、ネブカドレツァルに対して忠誠を守っていました。彼の治世の第4年に、エドム、モアブ、アンモン、ティルス、シドンの五つの国から、彼のところに使者が使わされてきたことが3節に言及されていますが、彼らは反バビニア同盟を結成する協議のためにゼデキヤのところにやってきたと思われます。それは、多分、前594年か3年のことであろうと思われます。というのは、その前の年にバビロンで動乱があったため、ネブカドレツァルの属国とされていた西方のこれらの国々が、今こそ反乱を成功させることが可能であるとの思いを抱いたかもしれないからです。

しかし、この計画は実行に移されることはありませんでした。けれどもこうした動きは、ユダにおける反バビロン派を勇気づけることになり、エルサレムの預言者や祭司たちは、平安を語り、前597年の第1回捕囚のとき、エルサレム神殿から持ち去られて失われた祭具類が戻ってくると預言していました(16節)。

これに対して主は、エレミヤに軛の横木と綱を首に結び付けることを命じました(2節)。これは牛の角の回りに縛りつけられるものです。この象徴行為によって、バビロンの重い支配がなされることが象徴されていました。

ユダがバビロンの重い支配に服さねばならないのは、ユダにまことの神がいないからでなく、誠に、イスラエルの神ヤハウェは、天地を創られた創造者として、この歴史を今も支配しておられる生ける神であり、それがその神の計画によるからです。エレミヤの首に結び付けられた「軛」がそのことを明らかにしています。ヤハウェは創造者にして救済主です。ヤハウェはそのような神として、国々をも支配しておられます。ネブカドレツァルは「わたしの僕」として、ユダに軛を負わせ、支配するが、ゼデキヤがもし、バビロンの軛を負い、その支配に服するなら、国土を残し(11節)、また、やがてネブカドレツァルによって持ち去られ失われた祭具類も持ち帰らせるという、メッセージをエレミヤは伝えました(22節)。

エレミヤと偽預言者との対立は、国策上の対立ではなく、宗教的な根本的な見方に対する相違から来ていました。エレミヤは、ネブカドレツァルを神がユダとエルサレムの罪を裁く「神の僕(道具)」として見なしていました。しかし、偽預言者たちは、王や自らの罪を軽く見、むしろ、ダビデの血筋を引くユダとエルサレムは永遠に滅びることはないという楽観の下に生きていました。しかし、現実には、既に、エルサレムはネブカドレツァルによって征服され、祭具類はバビロンに持ち去られていました。エレミヤは徹底した主の裁きを語りましたので、偽りの預言をする者として迫害され、反対に偽預言者の方が自分たちこそ真実な預言者であると豪語していました。

エレミヤがネブカドレツァルを「主の僕」といったのは、ネブカドレツァルがイスラエルの神を礼拝し、ヤハウエに身を委ねるものとなるという意味ではありません。ただ、神がご自身の計画を実現させるために彼を選んだという意味でのみ、そういわれているだけです。この点を十分に留意する必要があります。

ヤハウェはイスラエルの神であるだけでなく、諸国をも支配する神です。ご自身の意思に諸国民が服従することを求められます。しかし、ヤハウェは、これらの諸国の民が服従しようがしまいが、究極的にはご自身の意思を確立されるお方です。バビロン自体も、結局は滅亡するということが7節で述べられています。

エレミヤはこの神の意思に服すべきことを徹底して語ります。軛を負うという象徴行為によって、神の意思として示されるバビロンの支配に服することをゼデキヤに求めました。この屈辱に耐えることは、本当に主の言葉を信じ、その言葉に自らを委ね、聞く、という信仰においてしかできません。その姿勢を預言者エレミヤ自身に求められました(2節)。それゆえ、エレミヤは自らそれを実行するものとして、語っています。しかし、偽預言者は、王や民に「空しい望みを抱かせ、主の口の言葉でなく、自分の幻を語る」(23章16節)と、エレミヤは批判していましたが、ここでも、「主は言われる。わたしは彼らを派遣していないのに、彼らはわたしの名を使って偽りの預言をしている」(27章15節)と批判しています。

エレミヤの預言は耳に決して心地好くありません。むしろ、偽りの預言をしている偽預言者たちの言葉の方が聞くに心地好いことを語っていました。しかし、ここに大きな落とし穴があります。神の言葉に聞くことの困難はここにあります。その実現は、しばしばずっと先のことです。ですから、私たちはその言葉の真実さを、信仰の目で判断するしかないのです。常に厳しい預言をしている方が真実かというと、そうともいえません。大切なのは、エレミヤが言うように、その預言者が「主の口の言葉でなく、自分の幻を語る」預言者か、主によって「派遣された」預言者であるかどうかという点にあります。エレミヤは、この自らに与えられた召命の確かさ、自らに臨む神の言葉の真実に徹底して服する中で、この裁きを語っています。これを信仰の目で見ることのなかった、ゼデキヤ王は、前587年、即ち、この預言から7年後、バビロンに対する反逆を試みますが失敗し、ネブカドレツァルによって捕虜にされました。

ゼデキヤの最後は悲劇的でした。彼の子らは、彼の眼前で処刑されました。そして、ゼデキヤはその光景を見せられたすぐ後に、眼を抉り取られ盲目にされて、バビロンに捕囚として送られました。神が背信の王とそれに従う者に与えた審判の厳しさを、彼の名(ヤハウェは正しい)が、皮肉にもそれを明らかにしています。神は背信の王を裁くことによって、その正しさを明らかにされるお方です。

エレミヤがここで説いたことは、「バビロンの王に仕えよ」(17節)ということです。エレミヤが主の言葉に従って、自らの首に「軛」をはめて、ゼデキヤの下に現れたように、その支配の下に服すようにというものでありました。そのようにして、バビロンを主の僕として認めることによって、徹底して主に服するものとなるという信仰です。だからエレミヤは、「首を差し出して、バビロンの王の軛を負い、彼とその民に仕えよ。そうすれば命を保つことができる。」(12節)というメッセージを語っています。主の審き審きとして受け入れる時、そこには救いがあります。その事実を見ようとしないゼデキヤは、バビロンの王ネブカドネツァルによって盲目にされましたが、主の審きと支配の真実を見ようとしない目は既に盲目の状態にあったことを深く覚えさせられます。エレミヤがこのとき命じられた「軛」を負う象徴行為は、実に恥辱的なものでありましたが、そのような裁きを必要とするほど主の言葉に聞き従わない罪の現実があることにゼデキヤが目を向けねばならなかったことをこの物語は伝えています。彼の悲劇的な最後は、その事実に目を向けなかったことにあります。それを教訓として心に刻み、自らを戒めてこの預言者の言葉に耳を傾けるよう時代の民に、エレミヤ書の編集者(申命記的歴史家)は呼びかけています。

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