申命記講解

4.申命記5章1-22節『十戒』

1-5節は、「十戒」が授けられた光景と、現在(この申命記を、今日私たちが手にしている形で最終的に持つにいたった読者の時代)持つ意味について、出エジプト記19章-20章とは全く違った所感を書き留めています。3節の「主はこの契約を我々の先祖と結ばれたのではなく、今ここに生きている我々すべてと結ばれた。」という記述は、この契約(十戒)が、先の時代の者たちと結んだものではなく、今、生きている者たちと結んだ契約であることを明らかにしているからです。シナイで啓示を受ける経験をした世代が死に絶え、視野の圏外に置かれている現実の中で、契約のこの出来事を、現在において現実味のあるものとして語っています。同じような表現は申命記29章13-14節に見られます。ここでは、出エジプトにおける救済の出来事との関わりを、自分なりに解釈しなければならない世代が一人称複数形で語っています。しかし、その後で、シナイの出来事の叙述を、神と人との間に立つ仲保者であるモーセの機能を「わたしはそのとき、主とあなたたちの間に立って主の言葉を告げた。」と述べて、強調しています。モーセがまず独りで十戒の啓示を受け取り、それをイスラエルに伝えたことを前提にした書き方になっています。22節-23節によると、主が全イスラエルに語りかけたことになっています(4:12-13,15,9:10)。

6節-21節に記されている十戒は、祭儀の中で律法を朗読する慣習から説明することができる、とフォン・ラートは説明しています。出エジプト記20章に記されている十戒と大きく異なっているところは、安息日の戒めの理由づけです。
十戒は、神の自己紹介定式で始まっています。この定式があるから、祭儀に起源をもつということはできません。旧約聖書に広範に見出される自己紹介の定式を借りて、その中で、神の一人称表現である「わたし」が祭儀集会の現前に現れ、自らの所有である、集会の構成員に向かって語りかけているのであります。十戒は、エジプトから解放された時、主(ヤハウエ)とイスラエルの間に確立されている密接な結びつきを引き合いに出して、語り始めています。このことは、十戒を正しく理解する上で極めて重要です。今ここで語りかけている神は、既に遥か昔に、その救済の意志を、主の民とされた共同体全体に知られている救済の出来事において、啓示した神です。冒頭の、「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。」という一文が、「基本原理の宣言」で、その後にここの規定が続いているのか、あるいは、第一戒に含まれていると理解すべきなのか、を問うことはできます。十戒の第二戒に偶像禁止から始まりますが(27:15)、シケムの十二戒は、そのような見方の根拠になっています。

いずれにせよ、第一戒は、何か他の神的な諸力に仕えることを禁じています。この戒めは、イスラエルのあらゆる戒めの中で至上の戒めで、その厳格さは、全宗教史においても類例を見ない全く独自のものです。そして、ヤハウエ宗教の生(命)の表現を決定するのに関与してきました。第一戒では、神の唯一性を問題としているのではなく、むしろ、イスラエルを取り巻く環境が多神教的な状況であることを前提し、その中で、イスラエルに対する、ヤハウエの排他的な権限を問題にしています。ヤハウエが、自分に帰属する者たちに対し、自分だけが唯一の神である、と主張するのはヤハウエの熱愛(妬み)です。

第二戒の偶像禁止の戒めは、祭儀用の神像が帯びていた機能から理解されなければならない、とフォン・ラートは述べています。すなわち、神像が神性示現するという機能から考えねばならない。この禁止が、どのような形(動物、天体、人間等々の形)によってであれ、ヤハウエを像に似せて象ることはできない、と否定しているのであるとすれば、そこにこそ、古代オリエント世界の諸宗教によるものとは根本的に異なる神理解が表現されていることになります。これによって、イスラエルは、神をある神秘的な自然の諸力と、あるいは世界秩序と同一視することはできなかったのです。だから、イスラエルにとって、神が、この地上にある彫像の一つを媒介に、祭儀的に現在することはあり得ない。世界はどこまでも神ヤハウエの被造物であり、そのようなものとして、固有の栄光をもつものであった。そこで、創造されたものがヤハウエ自身になり変わる、などということは決してあり得なかったのです。
8節の禁止命令に続く9節は、この禁止命令を特に他の異なる神々と同じ彫像でヤハウエを礼拝することも、第一戒を犯すのと同じ罪であると理解しています。イスラエルは、第一戒との関連で、ヤハウエの熱愛(妬み)が人間に迫ってやまない神の聖についてしばしば語っています(6:14―15、出エ34:14、ヨシュア24:19)。しかし、ヤハウエの裁きの意志を凌駕する、救済の意志、ヤハウエの恩恵が語られています(9節後半-10節)。

第三戒(11節)は、ヤハウエの名の濫用を禁じています。ヤハウエは、かつてその名を民に明らかにし教えましたが(出エ3:13以下、6:3)、その濫用を禁じています。「みだりに」という語は、ごく古い時代には「呪文」を唱える意味をもっていたといわれています。いずれの時代にも、イスラエルは、神の名を借りて反社会的な方法で神の力を利用しようとする誘惑にかられました。また私的な、怪しげな利害のために神の力を働かせる誘惑にかられました。だから、この禁止命令には、そのような誘惑に負けることは、神の名を冒涜する罪であることを明らかにしています。

12節-15節は、安息日の規定ですが、旧約聖書は、そのどこにおいても、安息日を祝う本来の意味について語っていません。しかし、安息年が宗教的な休閑として、農耕地に対するヤハウエの所有権を強調するために実施されたとすれば、安息日についても、どのような人間的な目的であれ、その日を使うことを制限しておく点で、事情は同じであると考えるべきです。安息日は、本来神に所属する日で、人間的ないかなる仕事によっても汚されてはならない、と定められた日です。だから、どんな祭儀がこの日に行なわれるべきかについては何も語られていません。この戒めが与えられた初期の時代のイスラエルにあっては、どのような活用をも禁じる形で安息日を祝い、この日を信仰告白的にヤハウエに返還することに尽きていた、と想定できるとフォン・ラートは述べています。

申命記の十戒は、出エジプト記20章11節とは全く違う仕方で安息日の理由づけを行っています。出エジプト記では、創造の時に神が七日目に休まれたことが安息日の根拠とされています。しかし、申命記の十戒は、イスラエルが自らエジプトで苦役を味わったことをもって、安息日の理由づけを行っています。イスラエルは、その苦役をヤハウエが御手と御腕を伸ばして導き出されたという救済体験思い起こす日として、安息日を守るべきことが命じられています(15節)。その視座から労働している人も家畜も、休息が必要であるという理由づけを行っています。この異なる理由づけをどちらが神学的に優れたものであるかを論じられたこともありますが、イスラエルが、安息日理解に創造論的な視座と救済論的な二つの視座をもっていたことは、重要です。歴史的な体験、時代的な状況の変化は、どちらの視座から安息日を理解すべきか、イスラエルのヤハウエ信仰に対する実存的理解にそれぞれ重要な意味をもっていたはずです。大切なことは、いずれも「七日目は、あなたの神、主の安息日」(出エ20:10、申命記5:14)であると同じ理解に立っている点です。どちらも主の恩恵として与えられたという理解に変わりがないのです。その理由の相違よりも、創造の神と救済の神が同じであることを、この二つの十戒から知る豊かな、信仰的益をむしろ考えるべきでしょう。

第四戒と第五戒だけが、禁止形ではなく肯定表現が採られています。対神関係の締めくくりとなる戒めと対人関係の戒めの初めに肯定表現が採られていることは、十戒全体が主(ヤハウエ)に従う信仰の肯定的な面を何よりも強調されていることを理解する上で重要です。

16節にある第五戒、「あなたの父母を敬え」は、現代の家族関係ではなく、古代の社会秩序である大家族制、つまり「父の家」を考える必要があります。「父の家」とは、父の監督のもとにある大家族で、定住共同体の中で生育した息子たちと、その妻子からなる家族集団です。この家族集団の中で、高齢となった両親の特別な権威をないがしろにする可能性が、多々存在しました。出エジプト記21章17節、レビ記20章9節の両親に対する否定表現による言葉遣いの方が古風な表現で、申命記の肯定表現は、戒めの意義を劇的に拡大されています。安息日の戒めと違い、この戒めには何の理由も付されていませんが、約束が付け加えられています。旧約聖書の表象によれば、生(命)の約束は、この戒めに限らず、すべての戒めに付されています(4:1,8:1,16:20,30:15以下)。「そうすれば」は、出エジプト記にはない。生の約束を、半遊牧半農業の移動生活から、耕地を所有する家族への変容、あるいは都市化への時代への変容を念頭において、その中でのこの戒めの不変性を強調つつ、新しい環境時代状況の中での、この戒めの解釈適用の可能性を追求したのでしょう。その様に理解すれば、第五戒は現代的な文脈の中でどのように理解すべきか新たな課題と在り方を、それぞれの個人がいかに考えるべきかが教えられていることが判ります。その意味で、「あなたは」と二人称単数形で呼びかけられていることの意味は大きいのです。

第六戒(17節)、の動詞ラーツァハは、誰かを「殺す」こと、たとえば戦争や裁判で殺すことを意味しているのではありません。戦争や裁判では、ずっと慣用的に用いられている別の動詞が使われているからです。この動詞は、現代の「人殺し」とは違う、別の意味も含んでいます。この動詞は、過失致死の場合にも使われるからです。つまりこの動詞は、共同体を損なう、反社会的「殺人」を意味するからです。しかし、現代における戦争が、これによって正当化できると単純に考えることもできません。現実の戦争は、ほとんど例外なく、他者に対する命を尊重するよりも、自国の利益、ある特定の層の人の利益のために行われている点で、反社会的「殺人」を意味することを、むしろ考えるべきでしょう。

18節(第七戒)の、姦淫に関する禁止命令は、元々ある特定の結婚観に由来するもので、現代的な一夫一婦制を基にしたものではありません。その時代における社会制度の中で、如何に命の尊厳を考えるか、という問題意識の中で、これらの規定は実際には解釈が深められ広げられていったと考えるべきでしょう。ホセアが姦淫の女ゴメルを妻として迎え、その苦悩の中に生きるようヤハウエから命じられたのは、夫である神ご自身が、妻としたイスラエルが偶像の神を礼拝しご自分を苦しめている現実を知らしめるために、預言者ホセアの苦悩を通して啓示するためです。そこに夫であるヤハウエと妻であるイスラエルの関係が、多妻ではなく、一夫一婦の関係で論じられていることから、本来、人は一夫一婦の関係で生きるべきことが明らかにされている、証拠として理解すべきでしょう。

19節(第八戒)の盗みに関する禁止命令が、元来は自由人を誘拐することに関係して命じられていました(出エ21:16,申24:7)。姦淫に関する禁止命令と同じように、盗みの禁止命令も、時代とともに少しずつ違った意味を持つようになっています。いずれにせよ、十戒全体には、主が与えた命を互いに大切にするという精神において貫かれていることを見逃さないことが大切です。

20節(第九戒)は、裁判での偽証を問題にしている規定です。古代イスラエルの法習慣によれば、裁判では、証人が語る証言に過大な比重が置かれていましたので、偽証に関する禁止命令は、極めて重要でありました。訴訟手続きでは、責めを追及された側(被告)は、はるかに重い立証責任を課せられ、告発された場合、その人は自分の無実を立証しなければならなかったからです。申命記19章15節以下には、この戒めの理解の在り方について、より具体的に、より実際的に深く捉えた解釈が示されています。
21節(第十戒)、の動詞「欲する」は、十戒の中で、唯一これだけが、行為ではなく心の中の動き、衝動を覚える点での不法行為を戒めた点で、他の戒めと異なります。しかし、ヘブライ語の動詞ハーマドは、欲しがることと同時に、実際に手に入れることも意味しています。この動詞は、「欲しがる」衝動を、実際に行動に移すこと、つまりそのものを自分の懐に入れる、という意味も含んでいます(ヨシュア記7:21,ミカ2:2など)。

十戒には、明確な組み立てがあり、神と人への債務を、各々前半と後半に対置させています。その基本となることは、神が与える命に対する相互の配慮として覚えることが隣人愛の問題の根本として教えられています。十戒理解には、これらの点を見逃さないことが大切です。

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