ガラテヤの信徒への手紙講解

8.ガラテヤの信徒への手紙2章11-14節『福音の真理に生きる』

パウロは、この箇所において、福音の真理に生きるとはどういうことかを論じています。それを、異邦人キリスト者とユダヤ人のキリスト者が一緒に食事をするかしないかというきわめて日常的な問題をめぐって論じています。誰と誰が一緒に食事をするかしないかという問題を、なぜこれほど大きな問題としてパウロは取り上げるのか、はじめて聖書を読む人には、そのこと自体に一つの驚きを覚えるでしょう。しかも、パウロは、それが福音の真理に生きるものであるか、そうでないかを決める事柄になるということを、ここで述べようとしていることに驚きを覚えるでしょう。つまり、その態度いかんによって、その人は自ら福音に向かって生きるものでないということを表明することになるというところまで、パウロは明らかにしようとしているのです。

この議論の問題点を理解するためには、そもそもなぜパウロがこのような議論をしているのか、という出発点まで立ち返る必要があります。ここに書かれていますことは、そもそもガラテヤの信徒に宛ててパウロ自身の手で書かれた手紙であります。なぜパウロがこのような手紙を書くことになったのかと申しますと、パウロがガラテヤ地方に福音を宣べ伝え、多くの人が回心して、クリスチャンになりました。その多くは割礼を受けない異邦人でありました。そこで、パウロが去った後、ガラテヤにユダヤ主義のクリスチャンがやってきて、パウロの宣べ伝える福音の権威を否定するようになり、ガラテヤ地方の教会は大混乱に陥りました。この人たちの主張する権威の問題は、第一にパウロは、キリストから直接選ばれた十二人の使徒ではないので、その権威はないというものであると考えられます。ガラテヤにおける問題が何であったかという点に関しては、この手紙以外にほかに記録が残されているわけではありませんので、この手紙に書かれていることから、その議論で何が問題にされていたかを推測する以外にないからです。第二に、パウロはキリストに選ばれた十二人の弟子たちからもその権威の委託を受けていないという批判がなされていたからです。しかし、パウロはその権威の問題については、第1章で、自分に与えられている権威は、人から来るものではなく、人を介してでもなく、ただ神から与えられるものであるということを徹底的に明らかにしています。つまり、パウロを使徒として立てたのは神の直接的な召しによるということを明らかにしているのであります。その福音の真理に関しては、イエス・キリストの啓示によると1章11節で語り、この点についても人を介してのものではなく、ただ神から与えられたものであることを明らかにしています。むしろ自らの回心までの体験を語って、それが徹底的に神の恵みの業として、選びによることを明らかにしています。

パウロは、エルサレムにいる教会の中心的な指導者たちと接触する以前から、人々に福音を宣べ伝えていた事実さえ語っています。そして、アンティオキアの教会で割礼問題が起こったとき、異邦人の改宗者で同労者として働いていたテトスを連れてエルサレムへ行ったが、ギリシャ人であったテトスに割礼が強要されることがなかったという事実を、2章1—10節までの議論で明らかにしています。

むしろ、ヤコブ、ケファ、ヨハネなど「柱」と目される、最も指導的な人物たちが、パウロを、割礼を受けない使徒に、ペトロを、割礼を受けた人に対する使徒として、任命した事実を報告し、そこでは何の義務も課せられなかったと述べているのであります。

2章11節以下の議論は、2章10節までの議論をさらに補い、理解を深めるために用いられています。パウロはここで、アンティオキアで起こった出来事を突然持ち出しているわけですが、アンティオキアは、シリアにある大都市で、この町でキリストを信じている人のことが始めてクリスチャンと呼ばれるようになりました。この地には、多くの異邦人クリスチャンがいましたが、彼らは割礼を受けていませんでした。また、そこにはギリシャ語しか話せないユダヤ人キリスト者もいました。この人たちは改心以前にすでに割礼を受けている人たちであったと思われますが、みなは同じ主イエスを信じるものとして交わりを保っていました。つまり、一緒に食事をし、主の聖餐に共に与っていたのであります。

だから、アンティオキアの教会においては、キリストの救いに与るためには割礼は必要ないものとして理解され、割礼のある人と割礼を受けていない人が共に交わり、一緒に食事をすることに何の問題も感じずに教会生活をすごしていたのであります。そんなアンティオキアにペトロ(ケファ)がやってきて、一緒に食事をしてアンティオキアの異邦人キリスト者と交わりをしていたのに、「ヤコブのもとからある人々が来てから」異邦人キリスト者と食事をしなくなった、彼らとの交わりから身を引くようになったときのことを、パウロはここで問題にして持ち出しているのであります。

ヤコブのもとからやってきた「ある人々」がどういう人であったのか、注解者は様々な意見を述べていますがよくわかりません。但し、2章1—10節までの議論の流れと、使徒言行録15章24節に書かれていることと照らし合わせてみますと、彼らは決してヤコブからの命を託されてやってきた人々ではなさそうです。彼らは、ただ自分たちのことを正当化するためにヤコブの名を語っているようにも思えます。ユダヤ教徒は割礼を受けていない異邦人と一緒に食事をすることはありませんでした。そして、これらの記事からわかることは、キリスト教徒になったユダヤ人の多くの人は、同じように割礼を受けていない異邦人キリスト教徒と食事をすると穢れると考えていたようであるということです。特にそのことはエルサレムの教会において顕著に見られたという事実を、この手紙や使徒言行録から読み取ることができます。

ただ教会の公式の見解としては、すでに割礼を受けることは救いにとって必要なことではないという結論が、エルサレムにおける使徒の会議の決定としてすでに表明されていることを、この手紙においても、使徒言行録においても非常に明瞭に述べられているのであります。

ペトロは、アンティオキアにおいて、ヤコブのもとから来たというある人々が現われるまで、アンティオキアの割礼を受けていない異邦人キリスト者と一緒に食事をしていたのに、「割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだした」(12節)といわれています。パウロは、ペトロのその態度を、「非難すべきところ」として、「面と向かって」反対した、と11節で述べているのであります。ペトロは、主に選ばれた弟子の中でもいつも一番先に名が記されている人物でもありますので、彼の存在と影響力は、本人が意識すると否とにかかわりなく大きなものになっていたと考えられます。このときのペトロの行動を、主が捕らえられるときにおける一貫しない態度とあわせて、移り気で、気まぐれな態度であると評する注解者もいますが、パウロはここでそのようなペトロの態度のあいまいさ、優柔不断さを非難したのではありません。

13節の「心にもないこと」という言葉や、「見せかけの行い」という言葉は、翻訳としては、この手紙を記したパウロの真意を十分に伝えていません。「見せかけの行い」の元になるギリシャ語は、ヒュポクリシィスです。この語は、確かに「偽善」、「無節操」、「演技すること」、あるいは「不誠実」と訳すことも可能です。古典ギリシャ語の文献では、ヒュポクリテースという言葉が、仮面をつけて劇の中で割り当てられた役を演じる役者のことをさしていますので、そのように訳すことは間違いではありません。しかし、ヘレニズム時代のユダヤ教の文書の中にヒュポクリシスは、常に否定的な意味で用いられており、「偽善」を意味することはまれで、「背教」や「神への反逆」を意味する言葉として用いられていることが多いといわれています。パウロも、このペトロの行為を「神への反逆」、福音の真理に背を向ける結果となるものとみなして、非常に厳しく断罪しているのであります。

ペトロは、アンティオキアの異邦人信徒に割礼を受けなければならないなどといったのではありません。他の人に、割礼を受けていない人と食事をしてはならないといったのでもありません。彼がしたのは、ユダヤ主義のキリスト者とも平和にこのときを過ごそうとして、自分がこれまでしてきた異邦人キリスト者と一緒に食事をするのを一時控えようとする知恵ある人間の判断を働かせようとしただけかも知れません。だから、ペトロがここで積極的に人を欺こうとしたとか、自分の弱さを隠すために仮面をつけたとか、陰険な方法を用いて目的を遂げようとしたことを暗示するものは何もありません。ある意味で、ペトロはエルサレムのユダヤ人キリスト者に対して誠実に振舞っていたということもできます。そして、もしペトロの決断に説得力のある根拠が何もなかったとすれば、バルナバが彼に同調することもなかったでありましょう。バルナバという人物はパウロと一緒に協力していたアンティオキア教会においては中心的な人物です。バルナバは使徒の中でも「柱」と目されるペトロのこうした誠実さに引かれ、それがペトロのなした行為であるゆえに従ったそういう一面を持つ行為として、パウロはそのことに注目しているのであります。しかもこれは、単なる行為の問題や、結果論の問題として見られているのではありません。その行為が人々にもたらす判断の神学的な教会論的な重要な意味についてパウロは注意を喚起しているのであります。

ヤコブのもとから来たユダヤ人キリスト者も、神の救いにキリストの十字架がなければならないと信じていました。しかし、彼らが割礼にこだわる背景には、割礼も救いに必要なこととして理解していたという神学的な理解の問題が根底にありました。パウロはその根底にある本質的な問題に目を向けて見ていたのであります。だから、ペトロ自身は、割礼が必要だなどと信じていなかったとしても、たとえ平和的に暮らすためにという意図で、彼がそれを必要と考えている人と行動をあわせるその行為は、異邦人キリスト者がユダヤ人キリスト者と交わり、食事をともにできるようになるために、割礼が必要であるという彼らの考えを承認することにつながり、異邦人を主の聖餐の交わりから排除する結果となるという神学的な判断を示しているのであります。

つまり、この割礼問題、共食問題は、福音の真理理解と密接に結びついた問題として、パウロはアンティオキアの教会の出来事をここで持ち出しているのであります。なんでもないように見えるその行動は、福音の真理に生きない告白的意味をもつ行動となるだけでなく、教会全体を排他的なユダヤ主義に逆戻りさせ、教会にある自由と喜びを奪っていく排外主義につながる重大な問題であることを、パウロはここで指摘しているのであります。
結局、この問題は、キリスト教という宗教がユダヤ教という一分派的な、民族宗教にとどまるか、その枠を超え、パレスチナという一地方の壁を抜け、人を分け隔てしない、万民のための救いに道を開く宗教であるかを問う出来事であったということができます。だから、パウロは、ペトロの行動が、自分自身はこれまで異邦人のように、彼らと共にキリストにあって生きるものとして生きてきたのに、「異邦人にユダヤ人のように生活することを強要する」(14節)といって厳しく断罪しているのであります。

割礼が必要だとか、割礼なき者と食事をしてはいけないという律法を救いの条件に加えると、それは、神の恵みによる救いという、福音の真理を否定することにつながるのです。それは、福音に向かって生きない生き方になる、とパウロは述べているのであります。これは、わたしたち自身もよく考えなければならない問題であります。

何がクリスチャンらしい生き方か、めいめいが勝手に考えると、そこに息苦しい律法主義がいつも顔を出してくるようになります。私たちは何を食べることもできる自由が与えられていますし、福音はユダヤ人であるとか、ギリシャ人であるとか、男であるとか、女であるとか区別しないのです(3章28節)。そういう区別を設けると、福音に向かって生きていることにならない。それは神に反逆し、神の教会の一致を破壊する人間主義につながる、という危険性をパウロは警告しているのであります。

キリストの教会は、キリストの福音、その恵みの言葉に聞き、一つの救いに与っているという喜びの一致が与えられているのであります。それ以下でもそれ以上でも決してないのです。その自由な神の恵み、その素晴らしい解放の喜びを、わたしたちの勝手な考えや、古い習慣を持ち出して狭くしてはならないのです。むしろ、それらにしばれれて生きている人たちを解放するよう、その福音の喜びに生きているものとして、福音の真理を深く考え、受けとめて生きることがわたしたちに求められているのであります。

新約聖書講解